津田健次郎さん訴訟、声のパブリシティ権の初判断と企業が確認する3類型

2026.10.08

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津田健次郎さん訴訟、声のパブリシティ権の初判断と企業が確認する3類型

この記事のまとめ

声優・俳優の津田健次郎さんが、生成AIで声を無断模倣されたとする動画を巡りTikTokの運営会社に削除を求めた訴訟で、東京地裁は請求を棄却しました。しかし同時に、人の声もパブリシティ権で保護され得るという判断を示しています。押さえておきたいポイントは、次の4点です。

  • 東京地裁は、人の声も肖像と同様に個人の人格の象徴であり、顧客吸引力があって専らその利用を目的とする無断使用はパブリシティ権侵害に当たり得るとしました。
  • 請求が棄却された理由は、対象の投稿が口頭弁論終結時までに運営会社のサーバから削除されていたためです。
  • 声が似ているか否かや、不正競争防止法の該当性、プラットフォームの削除義務は判断されていません。
  • 法務省の解釈指針は、声自体を商品として使う、差別化目的で付す、広告に使うという3類型を整理しています。

東京地裁が示した声の初判断

東京地裁が示した声の初判断

判決が示した声の位置づけ

判決は、声も要件がそろえばパブリシティ権の保護対象になり得るという一般的な判断枠組みを示しました。生成AIによる声の模倣が社会問題化する中で、司法がこの論点に正面から向き合った初めての判断として注目しています。

判決文は、人の声は肖像と同様に個人の人格の象徴であるとしています。そのうえで、実演家の声などを無断利用する行為について、その声が商品の販売などを促進する顧客吸引力を持つといえ、かつその使用が専ら声の顧客吸引力の利用を目的とするといえるときは、パブリシティ権侵害に当たると解するのが相当だと判示しました(参照*1)。

この判断が示されたのは、2026年9月30日に東京地方裁判所民事第46部が言い渡した、令和7年(ワ)第70635号投稿記事削除請求事件の判決です。口頭弁論終結日は2026年7月3日で、請求内容は投稿記事188件の削除、根拠は不正競争防止法3条またはパブリシティ権に基づく侵害排除請求権でした(参照*2)。

ただし示されたのは抽象的な判断枠組みであり、今回の動画が直ちに侵害に当たると認めたわけではありません。「声にもパブリシティ権が及ぶ」という原則を確認した点に意義があり、個別の侵害認定とは切り離して理解する必要があります。

請求棄却の理由と削除済みの事実

請求が退けられた主な理由は、削除を求めていた投稿がすでに消去されていたためです。

判決は、本件投稿者が令和8年5月29日に該当アカウントを削除し、30日以内に復旧申請をしなかった事実を認定しました。その結果、本件各記事を含むデータは、同年6月28日の経過をもって運営会社のサーバから削除されたとしています。したがって、仮に運営会社に削除義務が生じ得るとしても、口頭弁論終結時までにすでに削除されており、それ以上の義務を負うものではないため、原告の請求はいずれも理由がないと判断されました(参照*1)。

訴えが門前払いの「却下」にならなかった点も注目すべき部分です。運営会社側は記事が削除済みのため訴えの利益を欠くと主張しましたが、判決は、削除対象が存在するか否かは実体上の請求権の存否に関わる事柄であり、訴えの利益自体を左右しないと退けました(参照*1)。本案の審理に踏み込んだうえで、請求に理由がないとして「棄却」された形です。

判断されなかった論点

今回の判決では、実質的な結論が示されないまま残された重要な論点が複数あります。この点は、企業の実務担当者にとってむしろ重要で、「今回の判決でセーフかアウトかが決まった」と早合点してはいけません。

動画の音声について、原告は比較分析により類似性を立証できると主張した一方、被告側は第三者の声をAIで加工した普遍的な男性の声であると反論しました。判決はこの点に深く立ち入らず、その他の争点についてはこれ以上の判断を要しないとしています。プラットフォーム事業者が削除義務を負うかどうかも、仮定の前提にとどまりました(参照*3)。

事案の背景として、原告側の主張も確認しておきます。対象動画は、21万人以上のフォロワーを持つアカウントから投稿されたものでした。原告側によれば、2024年7月から2025年9月にかけて都市伝説や心霊現象を扱った動画が少なくとも188本公開され、月50万~75万円ほどの収益を上げていたとされています(参照*4)。

パブリシティ権と声の基礎

パブリシティ権と声の基礎

パブリシティ権と顧客吸引力

パブリシティ権とは、氏名や肖像などが備える顧客吸引力を本人が排他的に利用できる権利を指します。

この権利は法律上の明文規定がなく、最高裁平成24年2月2日判決などの裁判例によって確立されてきました。人格権に由来する権利の一内容と位置づけられています。明文規定がないゆえに、どこまでが保護対象かの輪郭が判例ごとに少しずつ確定されていくという構造であり、今回の判決もその積み上げの一つです。

ここでいう顧客吸引力とは、商品の販売促進などに寄与する力のことです。全国的な著名人である必要は必ずしもなく、特定領域や一部地域の顧客を引きつける効力があれば足りるとされています(参照*3)。

つまり、知名度の範囲が限定的であっても、引きつける力があるか否かで判断される枠組みです。

声が保護対象に含まれる理由

声がパブリシティ権の保護対象になり得るという見解は、今回の判決以前から示されていました。

最高裁のピンク・レディー事件判決における調査官解説では、「肖像等」の中に署名、声、ペンネーム、芸名などが含まれるとされ、声も保護対象となることが明記されています。法務省の検討会報告書でも同様に整理されています(解釈指針9頁)(参照*5)。

判決前の2026年8月7日、法務省は「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会 取りまとめ報告書―生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針―」を公表しました。この報告書は、現行法令や裁判例に基づく解釈を整理したものであり、新法を創設するものではありません(参照*2)。

声をみだりに利用されない権利との違い

声をめぐる法的利益は、財産的価値を守る権利と精神的平穏を守る権利に大別されます。

報告書の整理によると、財産的な側面とは別に、精神的な側面は「声をみだりに利用されない権利」(報告書上の便宜的呼称)が担います。こちらは顧客吸引力の有無を問わず、著名人に限らず一般人の声にも広く認められるものです(参照*6)。

今回判決で争点となったのは財産的側面です。指針が区別して整理した「声をみだりに利用されない権利」は、判決文にある請求根拠に含まれていません。裁判所が一般論として示したのは、顧客吸引力という財産価値を保護する判断枠組みでした(参照*3)。

企業が確認する3類型

企業が確認する3類型

企業が音声を利用する際の判断には、法務省の解釈指針が提示する3つの典型類型が有効な指標となります。ただし、これはあくまで「典型例の整理」であり、3類型に該当しなければ安全という保証ではありません。この点は後述します。

パブリシティ権侵害となるのは、これら3類型のいずれかに該当するなど、専ら声の顧客吸引力の利用を目的とすると認められる場合です。「専ら」という要件があるため、外形上3類型に触れても直ちに侵害とはならない事例もあります。ピンク・レディー事件判決そのものがその一例です(参照*6)。

第1類型 声自体を商品として使用

1つ目は、声そのものが独立した商品として提供されているケースです。

解釈指針によれば、第1類型は声それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する場合を指します。具体例としては、ボイスメッセージや音声スタンプなどが該当します(参照*6)。

この類型では、聴取すること自体が目的の商品であるかが判断の要点となります。ただし侵害が成立するためには、専ら声の顧客吸引力の利用を目的としているといえることが前提です(参照*6)。

第2類型 商品の差別化目的の使用

2つ目は、他社商品との差別化を図る目的で声を付加するケースです。

第2類型は、商品等の差別化を目的として声を商品等に付す場合と定義され、有名人の音声が流れる目覚まし時計などが典型例として挙げられています(参照*6)。

本件動画について、弁護士からは第2類型に該当し得るという見解も示されています。雑学動画に有名声優の声を用いても、声自体の鑑賞を主目的とはしにくく、広告とも言えないものの、ナレーションの担当者によって動画の評価が変わるため、差別化を狙った利用と評価できるのではないかという議論です(参照*7)。ただしこれは専門家の見解であり、裁判所の判示事項ではありません。

第3類型 広告としての使用

3つ目は、商品やサービスの宣伝広告に声を利用するケースです。

解釈指針における第3類型は、声を商品等の広告として使用する場合を指します。広告用ナレーションや、なりすまし広告などがこの例に当たります(参照*6)。

自社のプロモーションやキャンペーン動画で音声を広告として使用する場面は、この類型に該当します。もっとも、違法性の判断においては、専らその顧客吸引力の利用を目的としているかという要件を慎重に見極める必要があります(参照*6)。

3類型の外側にある論点

上記3類型に直接当てはまらないケースであっても、権利侵害と判断される余地は残されています。

指針は、専ら顧客吸引力の利用を目的とする典型例として3類型を挙げつつ、それらに該当しない場合であっても「など」に含まれ侵害と認められることがあるとしています(解釈指針10~11頁)。単なる物まね等は権利侵害に当たらないと解されますが、実演者自身の氏名を明示せず著名人の声に酷似した音声を用い、顧客が本人の声と誤認する恐れがある場合は侵害になり得ると指摘されています(解釈指針26~27頁)(参照*5)。

また、本人氏名の表示や打消し表記の意味合いは根拠法によって異なります。パブリシティ権では、氏名表示は顧客吸引力の利用を裏付ける要素となり侵害を肯定する方向に働きます。

一方、不正競争防止法2条1項1号の混同惹起行為では、「本人とは無関係」との注記が混同を否定する一因になり得ます。ただし同項2号の著名表示冒用行為では混同が不要なため、注記を施しても免責されません(参照*6)。

AI音声を使う企業の実務確認

AI音声を使う企業の実務確認

声の出どころと規約の確認

実務でAI音声を活用するにあたっては、その音源の出所と利用許諾範囲の確認が不可欠です。私がコンサルティングの現場で見ていると、多くの企業がツールの規約を読まずに商用利用しているケースが散見されます。「とりあえず使ってみた」段階で止まっており、法的リスクの検討が後回しになっているのが実態です。

参考記事で挙げられている実務上の確認点は3項目です(参照*2)。

  1. 音源の出自:生成モデルが誰の声に基づいているか、公式提供モデルか自社録音かを確認します。出所不明な音声データを外部から調達する場合は注意が必要です。
  2. 生成時の指示内容:特定の著名人の名を挙げて「この声に似せて」と指示していないかを検証します。
  3. 利用規約:商用利用や広告への適用、音声複製に関する条項を確認します。無償プランや個人向け契約で作成した音声を業務利用する際は注意が必要です。

似せる指示と学習データの誤解

学習データに本人の肉声が含まれていなければ侵害にならない、と考えるのは早計です。生成AIを使う企業の担当者から「うちのツールは本人の声を学習していないので大丈夫」という言葉を聞くことがありますが、この理解は誤りです。

報告書の解説記事によれば、本人に似せる意図をもって音声を生成・公開した場合、学習データセットに本人の声が含まれているかどうかにかかわらず、権利侵害と判断される可能性があります。データセットの中身だけで安全性を主張することはできません(参照*6)。

もう1点留意すべきなのは、AIによる生成か否か自体は権利侵害の成立要件ではないことです。要件は3点に集約されます(参照*2)。

  • 無断使用であるか
  • 声に顧客吸引力があるか
  • 専らその利用を目的としているか

生音声をそのまま使った場合でも、AIで模倣した場合でも、法的な判断基準は共通しています。つまり、「AIだから」という理由で免責されることはなく、逆に「AIだから侵害になる」という特別ルールもない。判断基準はあくまで上記3要件です。

社員の声と記録の扱い

自社の社員や関係者の声を利用する場合にも、固有の配慮が求められます。

社内スタッフの音声を収録してAIモデル化する際は、本人の明示的な同意、利用可能な範囲、退職後の取扱いなどをあらかじめ書面化しておく必要があります。今回の判例は実演家に関するものですが、本人の同意なき音声利用のリスクはパブリシティ権の問題にとどまりません(参照*2)。

制作プロセスの記録を保存しておくことも大切です。AIコンテンツの制作を委託・運用する企業は、利用したツール、参照素材、生成日時、配信先などの記録を保持すべきと指摘されています。法務省の議論では、侵害が合理的に予見可能であったかが法的責任の有無に関係するとされており、一連の記録を残すことは、紛争時に誠実に対応していたことを示す最も簡単な方法です(参照*8)。生成AIの導入支援をしていて感じるのは、記録の習慣がある組織とない組織では、いざ問題が起きたときの対応力が大きく違うということです。プロンプト、出力、確認者、日時を残しておくだけで、責任の所在が明確になります。

おわりに

今回の訴訟において、津田健次郎さん側の請求自体は棄却されました。それでも裁判所が声に対するパブリシティ権の適用可能性を明文化した点には大きな意義があり、今後の同種紛争における基準となる可能性があります。ただしこれは第一審判決であり、上級審の判断ではない点に留意が必要です(参照*2)。生成AIが出力した文章の正確さと、その文章が法的に安全かどうかは別問題であるのと同様に、「削除されていたから棄却」という結論と「声のパブリシティ権が認められるか」という原則論は、切り離して読む必要があります。

音声の類似性や不正競争防止法上の論点、プラットフォームの削除責任などは今回判断されませんでした。企業が今後音声を取り扱う際には、法務省指針の3類型と「専ら」要件、そして音源の出所や利用規約を確認する必要があります。AIを使うことが当たり前になるほど、使ったかどうかではなく、どう使ったか・何を確認したかだけが問われる時代になります。今回の判決は、その入り口に立ったに過ぎません。

監修者

安達裕哉(あだち ゆうや)

デロイト トーマツ コンサルティングにて品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事しその後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。大阪支社長、東京支社長を歴任したのち2013年5月にwebマーケティング、コンテンツ制作を行う「ティネクト株式会社」を設立。ビジネスメディア「Books&Apps」を運営。
2023年7月に生成AIコンサルティング、およびAIメディア運営を行う「ワークワンダース株式会社」を設立。ICJ2号ファンドによる調達を実施(1.3億円)。
著書「頭のいい人が話す前に考えていること」 が、95万部(2026年6月時点)を売り上げる。
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