![]()
この記事のまとめ
情報を具体的行動につなげるには、集めるだけで終わらせない工夫が必要です。この記事の要点は次のとおりです。
- 知っているだけでは動けない理由を理解し、心理的な壁を認識する。
- 行動変容の段階に合わせて、必要な情報の中身を選び分ける。
- EASTなどの行動科学の型を使い、行動のハードルを下げる。
- 小さく試して検証し、改善を繰り返す仕組みを持つ。
読者が明日から動ける実務的な視点でまとめました。
情報が行動に繋がらない理由

「知っている」と「動ける」のギャップ
情報を得たのに動けない状態は、知識と行動の間にすき間があるサインです。私自身、15年近くビジネスメディアを運営してきた経験から、この問題は「情報の質」より「情報の使い方の設計」にあると実感しています。
教育や情報提供の場面では、知識だけが増えて実際の行動が変わらないケースが指摘されており、こうしたプログラムは知識を増やさないプログラムと同じ結果になるとも比較されています。さらに、消費者の行動や新しい技術の変化に合わせて、伝え方も更新し続ける必要があると整理されています(参照*1)。
この指摘からわかるのは、情報を届ける側も受け取る側も、知識の量だけを成果とみなさない姿勢が必要だという点です。コンサルティング会社時代、上司から「中学生にもわかるように書きなさい」と言われた経験があります。その意味がわかったのは、書いた情報が相手の行動を動かしたときと、動かせなかったときの差を繰り返し見てからでした。知っていることと行動できることを分けて捉え、行動を評価軸に置き直す。その習慣が、次の一歩を見えやすくします。
行動を阻む心理的障壁
行動を止めているのは、意志の弱さではなく心理的なクセであることが多いです。これは生成AI導入支援の現場でも痛感します。「AIを使おう」と言っても動かない人は、怠けているのではなく、欲しい成果を言語化するのが面倒で、新しいルールを覚えるのも面倒で、出力を直すのも面倒だという構造的な負担を抱えています。
環境省の資料では、現状維持バイアスとして、人は現状を変えることを避ける傾向が強く、新しい制度や選択肢に対して「面倒そう」「よく分からない」という感情で拒否されやすいと整理されています。対応策として、自動的に新制度に参加する設計など、デフォルト設定を工夫することが挙げられています。あわせて損失回避として、人は「得をすること」よりも「損をすること」を強く意識するため、メッセージ表現を「利益」より「損失の回避」に焦点づけて設計することが有効と示されました(参照*2)。
つまり、行動が進まないときは、本人の努力不足を責める前に、環境や伝え方の設計を見直す余地があるということです。初期設定や表現の変更は、日常業務でも取り入れやすい打ち手になります。生成AI導入でいえば、「使いたい人だけ使う」という設計より、標準ツールとして最初から組み込むほうが定着率が上がる。これはデフォルト設定の発想そのものです。
情報過多が招く決断回避
情報が多すぎると、動く前に思考が止まってしまいます。
環境省の資料では、認知負荷・情報過多として、行動を起こす前に必要な情報が多すぎると思考を止めてしまう決断回避が起きると整理されました。対応策として、選択肢を簡素化し、意思決定をしやすくすることが示され、具体例としてステップ表示、視覚化、事前記入が挙げられています(参照*2)。
この視点は、社内資料や顧客への案内にも当てはまります。伝える情報の量を絞り、手順を段階に分けて見せると、受け手が次に何をすればよいかを判断しやすくなります。私がプロンプト設計を教えるときも、一度に全手法を説明するより、まず1つの業務に絞って試させるほうが、圧倒的に定着します。情報を絞ることは、相手への配慮であり設計の技術です。
行動変容ステージで捉える情報設計

5つの行動変容ステージ
人の行動は、いくつかの段階を経てゆっくり変わっていきます。
行動変容理論であるTTMでは、人は行動を素早く決定的に変えるのではなく、特に習慣的な行動は循環的なプロセスを通じて連続的に変化するとされています。このモデルでは、前熟考、熟考、準備、行動、維持の5段階を進むと整理されています。また別の整理では、終結を含む6つの段階として扱われ、終結は元のモデルには含まれておらず、健康関連の行動では使われる機会が少ないとされています。各段階では、次の段階へ進めるために効果的な介入戦略が異なると整理されました(参照*3)。別の研究でも、新しい行動を取り入れる際に、前熟考、熟考、準備、行動、維持の5段階を進むと整理されています(参照*4)。
行動を一気に変えようとせず、今どの段階にいるかを見立てるほうが現実的です。段階ごとに必要な情報や関わり方が違うと知っておくと、無駄な働きかけを減らせます。企業へのAI導入支援でも、まだ「なぜ必要か」を理解していない段階の人に、使い方の詳細を説明しても届きません。まず「なぜ変わる必要があるのか」の腹落ちが先です。
ステージ別に届ける情報の中身
同じテーマでも、相手の段階によって届けるべき情報は変わります。
教育アウトリーチに関する整理では、対象者の多くが前熟考や熟考の段階にいる場合、提案する変化、変える理由、変えない場合のリスク、変えることの利益について、できるだけ多くの情報を提供することに集中すべきとされています。一方で、すでに行動段階や維持段階に入っている人が多い場合には、彼らがすでに知っている情報を伝えたり変化の必要性を説得したりする時間を使うのではなく、変化のプロセスを危うくする一般的な課題を乗り越える方法を教えることに力を注ぐべきと整理されました(参照*1)。
初期段階の相手には理由や利益、リスクを丁寧に伝え、実践中の相手にはつまずきへの対処法を渡す。この切り替えができると、同じ情報量でも行動につながる確率が上がります。メディア運営でも同じことが言えます。「SEOをやるべきか迷っている企業」と「すでに記事を量産しているが成果が出ない企業」では、届けるべき情報がまったく異なります。相手の現在地を見誤ると、どれだけ丁寧に書いても空振りします。
自分と相手のステージ判定法
段階に合わせるためには、まず現在地の見立てが要ります。
教育アウトリーチに関する整理では、段階の移動は必ずしも直線的ではなく、以前の段階に戻ることも、プロセスから完全に離脱することもあり得るため、変えたい行動について対象者がどの段階にいるかをつかむデータを集める必要があると示されました(参照*1)。
自分自身でも、対象のテーマについて「関心がない」「迷っている」「準備している」「実行中」「継続している」のどこにいるかを言葉にしてみると、次に必要な情報がはっきりします。相手を動かしたいときも、同じ質問を投げて確かめると効果的です。私自身がAI活用を始めたころ、「できると知っている」と「日常業務で迷わず使える」の間に、想像以上の段差がありました。段階の見立ては、自分自身にこそ必要です。
行動を後押しする情報の型

EASTフレームワークの活用
行動を促す情報には、扱いやすい型があります。
環境省の資料では、EASTフレームワークとして4つの視点がまとめられています。Easyは、望ましい行動をとりやすくするために行動のハードルを下げること、Attractiveは、人を引きつけるように訴求力を高めること、Socialは、人々が影響される社会環境を的確に利用すること、Timelyは、適切なタイミングで介入を行うことと整理されました(参照*2)。
情報を出すときに、この4つの視点で自分の案内文を点検すると、抜けが見えてきます。読みやすさ、魅力、周囲の動き、伝える時期のどれかが弱いと、内容が良くても行動につながりにくくなります。私がコンテンツの設計を見直す際も、「難しい」「面白くない」「誰も試していないらしい」「今じゃなくていい」という感覚を読者が持った瞬間に離脱すると意識しています。EASTは、その離脱ポイントを一つずつ潰す地図として使えます。
ナッジとブーストの使い分け
後押しの方法は一つではなく、性質の違う手段があります。
環境省の資料によると、日本版ナッジ・ユニットBESTは、関係府省庁や地方公共団体、産業界や有識者等から成る産学政官民連携のオールジャパンの取組として位置づけられ、事務局は環境省が務めます。ナッジはそっと後押しする働きかけ、ブーストはぐっと後押しする働きかけと説明され、いずれも行動科学の知見に基づく取組が政策として、また民間に早期に社会実装され、自立的に普及することを目的に、2017年4月に発足したとされています(参照*5)。
そっと促す方法(ナッジ)と、能力そのものを引き上げる方法(ブースト)を意識して使い分けると、短期の行動と長期の習慣づくりの両方に手を打てます。AIツールの導入でいえば、使いやすいUIや入力テンプレートを用意するのがナッジ、プロンプト設計の研修を行うのがブーストです。どちらか一方だけでは、定着の厚みが出ません。
デフォルト・損失回避・社会規範の応用
情報設計に組み込みやすい要素をおさえておきましょう。
環境省の資料では、現状維持バイアスへの対応策として、自動的に新制度に参加する設計など、デフォルト設定を工夫することが挙げられました。また、損失回避への対応策として、メッセージ表現を「利益」より「損失の回避」に焦点づけて設計することが示されています。さらに、EASTフレームワークのSocialでは、人々が影響される社会環境を的確に利用すると整理されました(参照*2)。
案内の初期選択を望ましい行動にそろえる、失うものを具体的に示す、周囲がすでに行っていることを伝える。これらは業務のメールや掲示物にも組み込めます。
情報を具体的行動に変換する手順

現状把握と課題の言語化
行動につなげる第一歩は、現状を言葉にすることです。
環境省の資料では、OECDが示す「OECD-BASICの構成:5つの基本ステージ」を参考として、行動分析、ナッジ活用、効果検証、社会実装の実行プロセスの流れを遵守していくことが必要とされ、現状を把握し、課題を分析し、解決の方向性を定め、行動インサイトの活用が妥当な場合にはナッジモデルを構築し、エビデンスに基づき効果を適切に検証し、社会実装するプロセスが考えられると整理されました(参照*2)。
何が起きているか、なぜ動けないかを短く書き出すだけでも、次の打ち手が見えやすくなります。生成AIを業務に入れる際、私がまず行うのも「今どの工程に何時間かかっているか」の言語化です。課題が言葉になっていない状態では、AIに何をさせるかも決まらない。言語化そのものが、行動設計の出発点です。
SMARTゴールへの落とし込み
課題が見えたら、達成しやすい形に整えます。
行動変容に関する整理では、行動を変える最も効果的な手段の一つとして目標設定が挙げられ、目標達成の成功率を高めるために、効果的に目標を設定する方法が示されています(参照*3)。
目標設定は、曖昧な意欲を行動に近づけるための整理として役立ちます。「AIを活用する」という目標より、「毎週月曜の議事録作成をAIで30分以内に完了する」と決めたほうが、何をすればよいかが格段に明確になります。具体性が行動の摩擦を下げます。
小さく検証し改善するサイクル
一度で正解を出そうとせず、繰り返して整える姿勢が役立ちます。私が「まず小さく試す」を徹底する理由は、大きく動いて失敗したときのコストが読めないからです。プロンプトの変更ひとつをとっても、ある例では改善しても別の例では性能が落ちることがあります。だから試し、測り、直す。このループを業務に組み込むことが、実質的な改善につながります。
デザイン思考に関する整理では、後の段階で得られた知識が前の段階の繰り返しに反映され、情報は問題と解決の空間の理解を深めるために継続的に使われ、問題自体を再定義していくと示されています。これにより、設計者は新しい洞察を得続け、製品やサービスとその使い方を新しい見方でとらえ、実際の利用者と彼らが直面する問題について、はるかに深い理解を発展させる永続的なループが生まれるとされています(参照*6)。
小さく試して結果を確かめ、次の一手を調整する。この流れを業務のスケジュールに組み込むと、定着しやすくなります。月次で振り返る習慣を持つだけでも、改善のサイクルは大きく変わります。
情報活用でつまずく失敗例と回避策

情報を行動につなげようとする過程では、いくつか共通のつまずきがあります。私が見てきた失敗の多くは、「情報が足りない」ではなく「整理されていない」か「相手の段階とズレている」かのどちらかです。
環境省の資料では、施策の実施方法によって施策対象者に過度な不快感を与えないこと、施策対象者に過度な負担を強いないこと、対象者に情報を提供する場合には、対象者が合理的な判断ができるような適切な情報であることを確認する必要があると明記されました。また、実証の初期段階から、行政施策、商用化、官民連携や市民参加型の取組といった出口戦略を立案し、条件や環境の整った施策から社会実装を図る必要があるとされ、社会・経済醸成等の変化による陳腐化リスクは常にあることを認識し、たゆまない検証と、必要に応じたナッジ介入の停止や終了、あるいは矯正する方向での新たなナッジ介入の実施などを臨機応変に行っていく必要があると示されています(参照*2)。
段階の移動は必ずしも直線的ではなく、以前の段階に戻ることも、プロセスから完全に離脱することもあり得ます(参照*1)。押しつけになっていないか、負担が重すぎないか、判断材料として十分か。この3点を折々に確かめ、後戻りも織り込んで軌道修正を続ける姿勢が、情報を具体的行動へ変える力を高めます。生成AI導入が「PoC止まり」になる組織の多くは、この軌道修正を諦めたところで終わっています。
おわりに
情報を集めるだけでは、行動は変わりません。私が15年以上、ブログ、メディア、コンサルティングの現場で繰り返し確認してきたのも、まさにこの事実です。知識と行動のすき間、心理的なクセ、情報過多を意識しつつ、相手や自分の段階に合わせて情報の中身を選び直すことが出発点になります。
そのうえでEASTの視点や、デフォルト、損失回避、社会規範といった要素を取り入れ、小さく試して改善する流れを持てば、日々の情報活用が具体的行動につながっていきます。難しく考える必要はありません。まず一つの業務を選び、現状を言葉にするところから始めてみてください。
監修者
安達裕哉(あだち ゆうや)
デロイト トーマツ コンサルティングにて品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事しその後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。大阪支社長、東京支社長を歴任したのち2013年5月にwebマーケティング、コンテンツ制作を行う「ティネクト株式会社」を設立。ビジネスメディア「Books&Apps」を運営。
2023年7月に生成AIコンサルティング、およびAIメディア運営を行う「ワークワンダース株式会社」を設立。ICJ2号ファンドによる調達を実施(1.3億円)。
著書「頭のいい人が話す前に考えていること」 が、95万部(2026年6月時点)を売り上げる。
(”2023年・2024年上半期に日本で一番売れたビジネス書”(トーハン調べ/日販調べ))
参照
- (*1) Ask IFAS – Powered by EDIS – Building Impactful Extension Programs By Understanding How People Change
- (*2) https://www.env.go.jp/content/000398171.pdf
- (*3) Medicine LibreTexts – 1.5: Behavior Modification
- (*4) Nature – The effect of connectedness to nature on behavioral stages based on the transtheoretical model
- (*5) 環境省 – ナッジ戦略の策定について(日本版ナッジ・ユニットBEST)
- (*6) IxDF – Interaction Design Foundation – The 5 Stages in the Design Thinking Process