生成AIと著作権侵害が注目される理由
近年、生成AIは文章や画像、音楽など多様なコンテンツを自動で生み出す技術として注目されています。企業や自治体での導入が進み、業務効率化や新たなサービス開発に役立つ一方で、著作権侵害のリスクが大きくクローズアップされています。生成AIは大量の既存データを学習して動作するため、そのデータに著作権で保護されている作品が含まれていると、無断利用や複製にあたる可能性が指摘されています。AIが生成したコンテンツが既存の著作物に酷似している場合、権利者から訴えられるケースが今後増える懸念もあります。著作権侵害のリスクを十分に把握せずに使い続けると、企業の信用問題に直結するだけでなく、大きな損害賠償に発展しかねません。
実際、近年ではハリウッドの大手企業がAI画像生成サービスの提供会社を訴えたことが大きな話題となりました。人気映画のキャラクターに類似した画像が無断で生成されているとして「典型的な著作権のただ乗り」と強い批判がなされ、差し止め命令まで求められています(参考)。今後、生成AIを巡る著作権侵害の事例はさらに増えていくと考えられ、企業のDX推進担当や事業部門のリーダーはこの問題を看過できない状況です。
ハリウッド企業の事例と著作権訴訟リスク
ハリウッド企業がAIによる生成物の著作権侵害を理由に訴訟を起こすのは米国では初めてと報じられました(参考)。これは一例ですが、人気キャラクターや有名な美術作品と酷似したコンテンツが生成AIから生み出されるケースが増えています。AI企業側が「学習データをただのコピーにはしていない」と主張しても、最終的に生み出される出力物が著作権で保護された作品に似ていれば、訴訟の対象になりかねません。
実務的には、生成AIがどのように既存のデータを参照し、どの部分を学習して出力物に反映させているのかが争点となります。すべてを白黒はっきりさせるのは難しく、それゆえ裁判に発展しやすい状況です。実際、OpenAIや他のAI開発企業が著作権侵害に問われ、AI学習のデータ利用範囲がどこまで許容されるかが法廷で争われる事例も増えています(参考)。こうした著作権リスクに対し、企業としては「無断利用」と見なされないように利用規約や権利関係を厳密に確認することが不可欠です。さらに、学習データそのものを厳選し、権利者から許諾を得たコンテンツに限定しているAIサービスを導入するなど、人間によるチェック体制を強化することがリスクマネジメントの要となります。
報道コンテンツへの無断利用と生成AI著作権問題
報道機関の発表や記事を学習データとして無断で使用し、生成AIが長文の回答を返している例も増えています。日本新聞協会は特に報道コンテンツを許諾なく利用することは著作権法の「軽微利用」として認められないと指摘しており、政府や関係機関に法整備を求めています(参考)。従来の検索エンジンとは異なり、生成AIは記事の中身そのものをまとめたり再構成したりしてユーザーに提示するため、報道機関側に広告収益が入らないなどの問題が起こります。
また、誤った情報が生成されたとしても、即座に修正されず拡散してしまうリスクも看過できません。AIが生み出す回答やコンテンツは多くの場合、監修者不在のままインターネット上に広がってしまうからです。こうした状況で著作権侵害や誤情報拡散が起こると、企業や利用者のみならず社会全体に大きな混乱を招く可能性があります。そのため、報道界や各業界で「生成AI著作権問題」に対する危機感が高まっており、ルール作りやガイドラインの整備が急がれています(参考)。
米国著作権局が示すAI著作権保護のポイント
米国著作権局は、AI技術が進展するなかで著作権法をどのように解釈し、対応していくかについて広範な調査を行っています。2023年に公聴会やウェビナーで意見を募り、1万件以上のコメントを受け付けました(参考)。そして、報告書の第2部では「AI生成物が著作権保護を受けるには、人間の創作性が十分に含まれている必要がある」という結論を示しています(参考)。つまり、単にAIにプロンプトを与えただけでは著作権は認められず、人間がどの程度介在し、どの部分で独創性を発揮しているかが重要視されています。
また、法改正の必要性については「生成AIに特別な保護を与えるほどの理由は現状ではない」と判断しています。ただし、学習データを無許諾で大量に使うことや、既存の著作物を無断で複製・翻案した場合は従来の著作権法の枠組みにおいて侵害の可能性があると指摘しました。今後、第3部の報告書でAIモデルの学習に伴う著作権上の課題をさらに詳しく論じる予定です。これらの動向からは、米国側のスタンスとして「人間の独創性」を著作権の核と位置づけ、AIが作り出すコンテンツには慎重に判断する姿勢がうかがえます。
現行著作権法の考え方と生成AI法規制の動向
日本の著作権法では、2018年の改正で機械学習に使用する目的での複製や加工を一定条件下で認めています(参考)。ただし、この改正時には現在のように高度な生成AIが広く普及することまでは想定しておらず、海賊版コンテンツを学習データとして使うことに対する規制の明確化など、まだ課題が残るといわれています。また、著作物を学習させる場合、単なる情報解析のためであれば許諾不要とされる一方、著作権者の利益を不当に害するような利用は依然として侵害に該当する可能性があります。
EUや中国など、海外でもAI著作権法や生成AI法規制に関する検討が活発化しており、すでに法案提出やガイドライン策定にまで踏み込んでいる地域もあります(参考)。なかでもAIによる「芸術的スタイル」の模倣については、著作権者の許諾を要請する動きがあり、AIが特定のアーティストの作風を真似て新作を生成する行為が問題視されています(参考)。さらに音楽の世界でも、有名アーティストの曲調や声質をAIで再現した「ディープフェイク音楽」が市場に出回っており、著作権管理の仕組みを揺るがす懸念があります(参考)。日本企業にとっては、海外でのルールや判例が今後のサービス展開に大きな影響を及ぼすことになりそうです。
企業が留意すべき著作権侵害防止策と今後の展望
企業が生成AIを導入する際には、著作権保護の観点から次のような点を徹底的に検討する必要があります。まず、学習データに含まれるコンテンツのライセンスや利用規約を確認し、無断利用に当たらないようにすることが重要です。特定のキャラクターやアーティストの作品を重点的に学習させる場合は、あらかじめ権利者へ許諾をとることが望ましいとされています(参考)。また、AI出力を含む最終作品を公開・配信する際には、公衆送信権などの権利面に抵触しないかチェックが欠かせません。
特に「AIと人間が共同で創作した作品」の場合には、人間の独創性がどこまで加わっているのかを明確化する必要があります。例えば、AIが生み出した楽曲やイラストを人間が編集し、その編集部分に独創性が認められるならば、人間側に著作権が発生する可能性があります(参考)。しかし、単にAIへの指示を出すだけでは著作権の帰属が曖昧になりやすく、将来的な紛争を招きかねません。米国では「AI単独で作成された作品には著作権を認めない」とする判例的な考え方が強く、日本でも類似の判断が示される可能性があります(参考)。
今後は、生成AIに関する著作権法の改正やガイドライン整備が国内外で進み、企業や利用者が安心してAI技術を使いこなせる環境が整備されていくでしょう。一方で、法規制が定まるまでに独自の予防策を講じることが、中長期的なリスクヘッジへの近道です。具体的には、利用するAIサービスやベンダーの権利管理体制を精査し、社内での利用ルールや教育プログラムを整備することが挙げられます。DX推進やAI導入を検討する企業にとって、リテラシー不足やPoC止まりで終わるのではなく、著作権リスクへの備えを含めた包括的なAI活用戦略を描くことが鍵となります。
監修者
安達裕哉(あだち ゆうや)
デロイト トーマツ コンサルティングにて品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事しその後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。大阪支社長、東京支社長を歴任したのち2013年5月にwebマーケティング、コンテンツ制作を行う「ティネクト株式会社」を設立。ビジネスメディア「Books&Apps」を運営。
2023年7月に生成AIコンサルティング、およびAIメディア運営を行う「ワークワンダース株式会社」を設立。ICJ2号ファンドによる調達を実施(1.3億円)。
著書「頭のいい人が話す前に考えていること」 が、82万部(2025年3月時点)を売り上げる。
(“2023年・2024年上半期に日本で一番売れたビジネス書”(トーハン調べ/日販調べ))
出典
- https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250612/k10014833121000.html
- https://www.pressnet.or.jp/statement/broadcasting/240717_15523.html
- https://www.pressnet.or.jp/statement/copyright/230817_15114.html
- https://www.nii.ac.jp/today/100/7.html
- https://www.copyright.gov/ai/
- https://www.copyright.gov/newsnet/2025/1060.html
- https://sites.usc.edu/iptls/2025/02/04/ai-copyright-and-the-law-the-ongoing-battle-over-intellectual-property-rights/
- https://www.kitahama.or.jp/topics/ai-00004/
- https://msutoday.msu.edu/news/2024/ask-the-expert-how-could-generative-AI-leave-users-responsible-for-copyright-violations
- https://scholar.smu.edu/scitech/vol26/iss2/5/
- https://journals.library.columbia.edu/index.php/stlr/article/view/12761
- https://scholarlycommons.law.emory.edu/elj/vol74/iss4/4/
- https://digitalcommons.law.uga.edu/jipl/vol31/iss2/9/
- https://news.berkeley.edu/2023/05/16/generative-ai-meets-copyright-law/