生成AIと声優の関係が広がる背景
生成AIはCG制作や動画編集などで活用されてきましたが、近年はAI音声合成や音声生成の分野でも存在感を高めています。企業のDX推進担当者やAI導入検討層が注目する理由には、自動化による業務効率化や新しい表現・コンテンツ創出の可能性が挙げられます。声優業界でも、音声合成技術やボイスチェンジャー、AIナレーションなどを取り入れる事業者が増加し、対話型アプリや社内問い合わせ対応、テキスト読み上げなど多様な用途で活用が進んでいます。中小企業からもAI音声合成やAIボイスへのニーズが高まっており、業務効率化やコスト削減の観点からも注目されています。
生成AIによる音声生成は、ディープラーニング音声モデルの進化により、従来の合成音声と比べて自然な響きを実現しやすくなっています。文章を入力するだけで、短時間で声色を変化させた合成音声を生み出せるため、実務現場のDX推進担当者やクリエイターからも関心が寄せられています。声優分野では、AI音声技術や声優AIツールを正しく活用すれば新たな価値を生み出せますが、権利や倫理面を軽視したまま進行すると、法整備が追いつかない点が問題視されています。
生成AIの社会的課題として、身体性を伴わない模倣技術であるがゆえに悪用リスクも指摘されています。音声の出所を誤解される事態や、演者の意図しない利用形態は深刻な問題を引き起こす可能性があり、安心して活用するためには学習データの収集方法や合意形成が重要です。技術者や制作者、声を守る立場の人々が協力し、多様なルールやガイドラインを検討する動きも加速しています(参考*1)。
このような状況は世界的にも広がりを見せており、AIで生成された表現に対する期待と懸念の両方が存在します。自然な音声と演技力を融合させる場合、感情やニュアンスを捉える力が求められます。そこに声優や制作チームの視点が加わることで、新しいエンターテインメントの形が見え始めています。
声の権利と無断利用で起きている現場
声優は声を通じて役柄の内面や世界観を伝えます。事前の台本理解や感情表現の緻密な作り込みは、一般的な合成音声やAI音声合成では再現が難しい部分です。しかし、学習データの取り扱いが曖昧なAIモデルが増えたことで、自分の声が無断で使用される事例が発生しています。例えば、声優のかないみかさんは、自身が言っていない台詞をAI音声で流用されることにより、誤解や犯罪に巻き込まれるリスクを指摘し、AI技術と声優が共存できるルール作りの重要性を訴えています(参考*2)。
また、声優の梶裕貴さんも、AIによる創作には夢がある一方で、キャラクターや作品を大切にしてきた人々の思いが軽んじられることへの懸念を示しています。声の著作権や肖像権の法的保護は未整備であり、国内外で議論が活発化しています。声は人格の一部であり、どこまでが許容される範囲なのか、明確な線引きが求められています(参考*3)。
企業の公式コンテンツでも同様の問題が起きています。コナミデジタルエンタテインメントが「遊戯王カードゲーム」世界大会で試行したAI日本語音声実況では、人気声優・山村響さんの声が無断で学習された疑いがあり、AI音声合成モデル「Anneli」の開発者が声の元データを認めたことで大きな問題となりました(参考*4)。
当事者である声優たちは、単に合成モデルを排除するのではなく、声の提供元が明確に許諾を与えたうえで新しい映像制作やナレーション分野に展開することも視野に入れています。ただし、収益配分や権利の範囲などを整備する段階にきているのが現状です。
著作権をめぐる議論と声優の声が抱える課題
声優業界では、自分の声がAI音声合成や音声生成AIの学習データに無許可で利用される事例が相次いでいます。日本俳優連合、日本芸能マネージメント事業者協会、日本声優事業社協議会の3団体は共同声明を発表し、無断使用の禁止やAI音声を使う際の明示を求めています(参考*5)。本人の声の利用は演者の人生にも深く結びつくため、課題はより重くのしかかっています。著作権法の解釈と声の取り扱いが一致せず、声の肖像権の確立が待ち望まれています。
無断生成を防ぐため、声優たちは啓発活動や「NO MORE無断生成AI」動画などを通じて、商業利用の禁止や適切な使い方の必要性を訴えています。声が「もの」として扱われることへの反発から、多くの声優が「自分の声は自分が責任を持って管理する」というスタンスを取っています(参考*6)。
声優の声はキャラクターや作品を支える大きな要素であり、無許可の合成音声が混じることで、制作者や演者の情熱と責任感への敬意が薄れ、日本のアニメやゲーム文化の重みが揺らぐ懸念もあります。企業や制作会社は、訴えが起きる前にルール整備を進める必要があります。
音声合成モデルの開発動向と学習データの扱い
AIが多くの音声を学習することで、高品質な音声生成AIや合成音声モデルが実現されています。しかし、声優有志の会は、学習データを管理しないまま公開し、改変された合成音声が流通する危険性を指摘しています。ファンであっても無断で生成モデルを動かすことは、演者にとって不快感を生むとされています(参考*7)。
Anneliのような音声合成モデルでは、開発者が商用ライセンスを付与していたものの、学習に使われた声優の同意が取れていない場合の問題は深刻です。開発者は反省を述べ、学習元の詳細公開の必要性を語っていますが、声優側も具体的な声の保護範囲を定義することに苦労しており、ルール構築が進まなければ同様の事態が繰り返される可能性があります(参考*8)。
合成モデルの開発にはディープラーニングや音声認識技術の知見が不可欠です。データの確保や同意の証明は企業にとっても大きな課題であり、演者の権利と合意を担保しながら技術を進化させる道が求められています。
AI活用に前向きな取り組み事例
生成AIやAI音声技術に対して否定的な意見ばかりが目立つわけではありません。権利面を適切に調整しながら音声合成技術をグローバルに展開する取り組みも進んでいます。株式会社青二プロダクションと株式会社CoeFontは、AI音声技術を活用したグローバル戦略パートナーシップを締結し、青二プロダクション所属の声優の音声データをCoeFontの技術で多言語化し、Amazon AlexaやGoogleアシスタント、ロボットや医療機器の音声ナビゲーションなどに提供しています。ただし、アニメや映画の吹き替えなど演技領域にはサービスを提供しない方針を明確にしています(参考*9)。
このような取り組みは、声優の権利を守りつつAI音声技術の可能性を広げるものであり、演者の意思を尊重する仕組みづくりが重要視されています。海外向け音声合成には英語や中国語などへのローカライズ需要が大きく、日本発のコンテンツが異文化圏へ届く可能性も広がっています。
海外との比較と国内が直面する課題
海外ではAI音声合成や音声生成AIの活用が広く進み、声を無断で取得されたケースも報告されています。アメリカなど一部の国では、法整備や産業団体の補償制度が議論されており、声の人格権を認める動きも見られます。これに対し、日本の俳優や声優の権利保護は相対的に遅れていると指摘されています。日本俳優連合や日本芸能マネージメント事業者協会、日本声優事業社協議会が会見を開き、法整備や対策の必要性を訴えています(参考*10)。
日本の企業からは、国際連携によって技術と権利保護をバランスよく実現したいという声が上がっています。AIを導入する企業が増える一方、声の権利や法整備の遅れがDX推進やAI業務自動化の障壁となることを懸念する意見もあります。声を扱うサービスが増加する現状では、自社のビジネスモデルに適合したルールや契約が欠かせません。
生成AIと声優の未来像
音声合成技術やAI音声合成は年々進化し、学習精度が高まるにつれて活用領域も広がっています。一方で、無断で声を引き出される状況が続けば、声優業界や日本のアニメ・ゲーム文化の発展に深刻な弊害が生まれる可能性があります。日本政府はAI音声に関する制度づくりに着手し、民間や有志団体もガイドラインや認証制度を通じて公平な基準作りを進めています(参考*11)。
声優の力はキャラクターの命を言葉で表現する点にあります。生成AIがセリフを発しても、人間が積み上げてきた感情表現や演者同士のやりとりは機械で補いきれない部分が多く残ります。今後は、人間とAIの強みを掛け合わせる形で、音声合成と演者の協調が求められます。
実務では、ボイスチェンジャーやAIナレーションの導入から始める企業が増えています。声の学習データの入手元を明示する方法や、演者の同意をデジタル台帳で管理する仕組みが検討されており、DX推進担当者が取り組みを推進しやすい環境が整いつつあります。業界全体が権利保護と技術革新の両立を目指す流れを後押ししています。
声優とAIが支え合う未来像では、創作活動に欠かせない柔軟な感性と、高度な学習モデルによる効率化を融合させる手がかりが見え始めています。人間だけが持つ感情表現を引き立てるために生成AIを使う構成や、海外語学圏へのアプローチなど、多様な形が模索されています。声の魅力を最大限に引き出しながら権利保護の課題にも応える仕組みがあれば、多面的な発展が期待できます。
監修者
安達裕哉(あだち ゆうや)
デロイト トーマツ コンサルティングにて品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事しその後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。大阪支社長、東京支社長を歴任したのち2013年5月にwebマーケティング、コンテンツ制作を行う「ティネクト株式会社」を設立。ビジネスメディア「Books&Apps」を運営。
2023年7月に生成AIコンサルティング、およびAIメディア運営を行う「ワークワンダース株式会社」を設立。ICJ2号ファンドによる調達を実施(1.3億円)。
著書「頭のいい人が話す前に考えていること」 が、82万部(2025年3月時点)を売り上げる。
(“2023年・2024年上半期に日本で一番売れたビジネス書”(トーハン調べ/日販調べ))
出典
- (*1) NHKニュース – AIの脅威 フェイクが拡散 声優・タレントが抗議も 生成AIとの共存は
- (*2) NHKニュース – AIで音声など無断生成 声優らがルール作りを訴え啓発動画 | NHK
- (*3) NHK みんなでプラス – みんなの声で社会をプラスに変える – 「進撃の巨人」 梶裕貴さん 生成AIとの向き合い方を語る
- (*4) Yahoo!ニュース – コナミ、「遊戯王」AI実況の動画を削除 人気声優の声“無断学習”問題で(ITmedia NEWS)
- (*5) NHKニュース – “AIで声の無断利用やめて”声優などの業界団体が声明 | NHK
- (*6) Yahoo!ニュース – 「生成AIで勝手に私たちの声を作らないで」。危機感募らせるアニメ声優ら 立ちはだかる法律の壁、ネット上にあふれる人気キャラの無断利用(47NEWS)
- (*7) Yahoo!ニュース – 中尾隆聖ら声優26人『NOMORE 無断生成AI』訴える 「声は商売道具で、人生そのもの」(日テレNEWS NNN)
- (*8) Yahoo!ニュース – 「自分の声が無断で生成AIに」──プリキュア声優の山村響さんが告発 とある音声合成AIが波紋 経緯は(ITmedia NEWS)
- (*9) プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES – 青二プロダクションとCoeFont、AIを活用したグローバル戦略パートナーシップを締結
- (*10) Yahoo!ニュース – 声優らが異例の会見「声を勝手に使わないで」 生成AIに関するルール求め、音声業界団体が主張(日テレNEWS NNN)
- (*11) NHK WORLD – “AI covers” flood internet: Encroachment on creativity or creative acts?
Photo:Jacek Dylag