生成AIとリスクの基本
生成AIは文章や画像、音声などを自動で生成する技術であり、近年は業務効率化や業務自動化を目的として多くの企業で導入が進んでいます。しかし、生成AIの出力には真偽不明の情報や誤情報が含まれる場合があり、知的財産権やプライバシー保護、法的課題など多様なリスクが存在します。文部科学省や関係省庁も、企業や教育機関向けにガイドラインを公開し、利用者に注意喚起を行っています(参考*1)。
また、入力データの漏えいや、生成AIの処理過程がブラックボックス化しやすい点も課題です。誤情報や差別的な内容が混在することで、利用者や顧客との信頼関係を損なうリスクもあります。導入前には概要理解と目的の明確化、リスク管理の方針策定が不可欠です(参考*2)。
AI技術の急速な普及に伴い、利便性とリスクは表裏一体となっています。業務活用時は成果だけでなく、想定外の利用や内部判断プロセスの管理も重要です。導入前に運用ポリシーや監視体制を検討し、複数部門を巻き込んだリスク検証の仕組みを整えることで、全社的な理解と円滑な運用につなげることができます。
企業導入時に考慮すべき品質管理とセキュリティ
企業が生成AIを導入する際、品質管理とセキュリティ対策は不可欠です。AIモデルが不完全な学習データを用いている場合、誤情報やAIバイアスが出力されるリスクが高まります。大規模言語モデル(LLM)を活用する企業向けには、品質要件や管理策をまとめたガイドラインが発行されており、用途やコンポーネントごとに具体的な対策が示されています(参考*3)。
また、AIリスク管理フレームワーク(AI RMF 1.0)も公開されており、設計・開発・利用・評価の各段階で信頼性を確保するための方針が示されています(参考*4)。導入初期から組織全体で共通のフレームワークを検討することで、運用時のばらつきを最小化しやすくなります。
学習データの監査体制や出力評価基準の設定、誤り検知の仕組み化、ユーザーによる最終確認手順の構築も重要です。未知の脆弱性や外部攻撃への備えとして、セキュリティ専任チームと連携した点検体制を整えることで、経営リスクの抑制とシステム全体の安定性を確保できます。
データ漏えいと利用規約の対応策
クラウド上の生成AIプラットフォーム利用が拡大する中、社内データの安全性やAIプライバシー保護が大きな課題となっています。Netskope Threat Labsの調査によると、2025年3月から5月の間に企業エンドユーザーによる生成AIサービスの利用が50%増加し、SaaS型生成AIアプリは1500以上に上ると報告されています(参考*5)。未承認の「シャドーAI」利用も増加しており、データ損失防止や継続的な監視が求められています。
社外クラウドサービスと機密情報を連携させる場合は、利用規約や契約内容の再確認が不可欠です。個人情報や機微なデータの取り扱い方法を明確にし、内部規程や承認プロセスを整備することで、データ漏えいリスクを低減できます。大学などの公共性が高い組織では、AI購入時にリスク認識フォームの提出や例外申請を義務付ける事例もあり、企業でも同様の対応策が有効です(参考*6)。
最終的には、社外ツールとやり取りするデータの機微性を把握し、最悪のケースへの対応策を事前に組み立てることが重要です。入力情報が意図せず解析・活用されるリスクを防ぐため、チーム内での周知や統制を徹底しましょう。
誤情報とAIバイアスの問題
生成AIの出力は高度な学習モデルによるものですが、必ずしも正確とは限りません。微妙なニュアンスの誤りや、学習データの偏りによるAIバイアスは、特に医療や金融など安全性が求められる業界で重大なリスクとなります。
誤情報や偏見を防ぐためのガイドラインも複数整備されています。運用担当者の考慮事項やリスク管理手法、実際の組織ヒアリング結果をまとめたガイドラインが公開されており、多角的な視点で対処方法を学ぶことが推奨されています(参考*7)。
また、産業技術総合研究所(AIST)は、データの偏りがAIの誤動作につながりやすい点や、自然言語操作性の高さが悪用リスクを高める点を指摘し、設計段階からの安全対策を提案しています(参考*8)。
誤りを最小限に抑えるには、学習データの品質と多様性の確保、技術情報や活用事例の社内共有、ガイドラインの継続的な更新が不可欠です。評価指標を明確にし、全員が同じ前提を共有する仕組みづくりが重要です。
ガイドラインや規制動向の最新トレンド
米国商務省は、AIシステムの安全性向上を目的とした新たなガイダンス文書とソフトウェアを発表しました。国立標準技術研究所(NIST)が公開したガイダンスの最終版や、AI安全研究所の草案では、大規模AIモデルに対する敵対的攻撃リスク評価や、AIモデルの性能を低下させる攻撃を測定するソフトウェア「Dioptra」の提供が行われています(参考*9)。
IPAの調査によると、16.2%の企業がAIを業務で利用しており、さらに6.3%が導入を予定しています。しかし、セキュリティ規則を策定している企業は20%未満で、コンテンツ悪用への予防手段も十分に整備されていないケースが多いと報告されています(参考*10)。
ガイドラインや規制が進化する中、企業ごとに事情に合った対応策を検討し、リスクを早期に見積もる姿勢が信頼構築につながります。今後の規制強化も見据え、柔軟な対応策を用意することが企業価値の維持・向上に寄与します。
実務における注意点と対策例
金融機関でも生成AIの導入が進み、日本銀行の調査によると約3割が既に利用、試行や検討を含めると約8割に上ります。主な導入目的は業務効率化やコスト削減で、クラウド環境を専用区画として利用し、入力データの管理や出力データの検証を徹底する動きが強まっています(参考*11)。
導入のハードルが下がる一方で、社員が独自に生成AIを活用し、意図せず機密情報を入力してしまうリスクもあります。企業向けのオンラインセミナーなどでは、想定外の悪用やブランドへの影響を念頭に置いた事例と対策が共有されています(参考*12)。
実務では、導入前のテスト段階で意図しない出力が生じるかを検証し、管理者によるレビューを必須とするプロセスが有効です。部署ごとに利用意図が異なる場合は、ガイドラインの一元化と運用ルールの細分化を検討し、利用ログの定期解析や違反時の迅速な対処体制を整えることが重要です。
社内推進へのポイント
社内の理解を深めるためには、生成AIによって実現できることや導入時のメリット・リスクを具体的に説明し、全体で共有することが重要です。導入担当者やプロジェクトリーダーが中心となり、専門用語をかみくだいた社内研修を実施することで、職種や役職を問わず理解が進みます。
組織文化との相性を考慮し、運用ルールや品質評価を柔軟に定め、必要に応じて改定できる体制を整えましょう。概念実証(PoC)を小規模に実施し、成果と課題を見極めてからスケールアップする手法も有効です。
AIリテラシーの向上は、偏った学習データや誤情報を見抜く力の強化にもつながります。外部ベンダーと連携する場合でも、内部で理想的な運用方針を持つことで、従業員全員が運用に参加しやすくなります。利便性と安全対策を両立し、継続的な運用見直しと目標達成度の可視化を行うことで、持続的な成果を引き出すことができます。
監修者
安達裕哉(あだち ゆうや)
デロイト トーマツ コンサルティングにて品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事しその後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。大阪支社長、東京支社長を歴任したのち2013年5月にwebマーケティング、コンテンツ制作を行う「ティネクト株式会社」を設立。ビジネスメディア「Books&Apps」を運営。
2023年7月に生成AIコンサルティング、およびAIメディア運営を行う「ワークワンダース株式会社」を設立。ICJ2号ファンドによる調達を実施(1.3億円)。
著書「頭のいい人が話す前に考えていること」 が、82万部(2025年3月時点)を売り上げる。
(“2023年・2024年上半期に日本で一番売れたビジネス書”(トーハン調べ/日販調べ))
出典
- (*1) NHK NEWS WEB – 「生成AI」のリスクや注意点 最低限これだけは気をつけて|NHK
- (*2) Generative AI Guidelines, Costs and Risks
- (*3) 産総研:生成AIを用いたシステムのリスク低減と信頼性向上のために
- (*4) NIST – Artificial Intelligence Risk Management Framework: Generative Artificial Intelligence Profile
- (*5) プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES – シャドーAIリスクが急増 生成AIプラットフォーム利用が3カ月で50%増加
- (*6) Business & Finance News Center
- (*7) IPA 独立行政法人 情報処理推進機構 – テキスト生成AIの導入・運用ガイドライン
- (*8) 産総研マガジン:産業技術総合研究所 – AIのセキュリティリスクとは?
- (*9) NIST – Department of Commerce Announces New Guidance, Tools 270 Days Following President Biden’s Executive Order on AI
- (*10) IPA 独立行政法人 情報処理推進機構 – プレス発表 AI利用時の脅威、リスク調査報告書を公開
- (*11) 日本銀行ホームページ – 金融システムレポート別冊「金融機関における生成AIの利用状況とリスク管理」 : 日本銀行 Bank of Japan
- (*12) 生成AI活用普及協会(GUGA) – RCIJ×GUGA共催セミナー『企業が見落としがちな生成AI活用のリスクとは? 事例から学ぶ、攻めるために必要な「守り」の視点』開催のお知らせ|生成AI活用普及協会(GUGA)