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はじめに:生成AIと音楽の新たな可能性
生成AIは、深層学習を活用してテキストや画像、音声などを新たに生み出す技術です。近年、音楽業界でもその存在感が急速に高まっています。従来、人間が長年培ってきた作曲や演奏の感性は、機械による代替が難しいと考えられてきました。しかし現在では、膨大なデータをもとにした自動作曲や歌詞生成、演奏補助など、多彩な用途が実現しつつあります。生成AIは、人間の芸術性と機械の演算能力を組み合わせることで、新たな音楽文化を切り開く可能性を持っています。
一方で、テクノロジーの進歩は必ずしも一方向の恩恵だけをもたらすわけではありません。音楽分野では、著作物の扱いや生成物と既存作品の境界、クリエイターの収益構造など、さまざまな課題が浮上しています。効率化と独創性のバランスを取るためには、技術や法制度、そして音楽を愛する多様な人々の意識が重要です。
本記事では、生成AIがもたらす音楽創作の変化を多角的に探り、技術革新の恩恵と懸念点の両面を解説します。従来、作曲家やアーティストが蓄積してきた経験を土台として成り立ってきた楽曲制作は、今や学習アルゴリズムによるサポートを得る時代を迎えました。その結果、音源分析やメロディ生成を支援するツールが普及し、短時間での楽曲制作が可能になっています。こうした背景には、ルールベースから深層学習へと進化してきたAI音楽生成技術の長い歴史があります(参照*1)。今後、生成AIはクリエイターの表現を後押しするだけでなく、新しい音楽の在り方や文化自体を変革する可能性を秘めているといえるでしょう。
生成AIの音楽創造――斬新な発想と人間の役割
生成AIは、楽曲の作成や編曲において斬新な発想をもたらしています。コード進行やリズムパターンなどを大量のデータから学習し、短時間で多様なアイデアを提案できるシステムは、従来では考えられなかったスピードと多様性を実現しています。また、演奏スタイルの模倣モデルを活用することで、特定ジャンルだけでなく複数の音楽様式を融合した新たなサウンドも生み出せます。演奏者やプロデューサーは、生成AIから提供される豊富なアイデアを糸口に、自身の創造性と組み合わせることで、これまでにない音楽表現を開拓できます。
創造性の評価と人間の役割
生成AIが生み出す音楽にどの程度の創造性があるのかという問いは、人間による評価と密接に関わります。囲碁の世界でも議論されるように、AIが無数の手を試行錯誤して到達する一手をどこまで発明と呼ぶか、そしてそれを評価するのは人間自身です。音楽の場合、メロディの正解が定まっていないため、AIの出力をどう評価するかはより複雑です。異分野の対談では、生成AIが創作を大きく補助しながらも、最終的な価値の判断は人間の主観に委ねられているという見解が共有されています(参照*2)。このように、生成AIの音楽的アイデアを活かすプロデューサーやミュージシャンの個性の重要性は、今後も変わらないと考えられます。
生成AI活用の実例とツール
近年では、Suno AIやGoogleのMusicFX、AIVA、SOUNDRAW、Loudly、Ecrett Musicなど、さまざまなAI作曲ツールが登場しています。これらのツールは、テキスト入力やジャンル指定、プロンプト設計によって、ユーザーの意図に沿った楽曲を自動生成することが可能です。たとえば、Suno AIは日本語の歌詞にも対応し、商用利用も視野に入れた機能拡張が進んでいます。GoogleのMusicFXは、テキスト記述から楽曲を生成し、ジャンルやムードの指定も可能です(参照*3)。AIVAは250種類以上のスタイルで新曲を作成でき、初心者からプロまで幅広く利用されています。これらのツールの普及により、音楽制作の現場ではAIを補助的なツールとして活用し、作業効率化や新たな表現の創出が進んでいます。
著作権と声の合成――リスクと対応策
生成AIは音楽制作の可能性を広げる一方で、著作権をめぐる新たな論点が浮上しています。特に既存作品を学習データとして活用する際には、原著作者の同意が得られているかどうかが重要なポイントです。生成AIの出力が既存楽曲に酷似した場合、その類似性が偶然なのか、学習データを通じて実質的に複製されているのかを巡って争いが生じる可能性があります。多くのAI開発企業はデータ取得の正当性や利用規約の整備を進めていますが、グローバルに統一されたルールはまだ確立していません。そのため、著作権の境界を明確にするため、各国や業界団体が活発に議論を進めているのが現状です。
声の合成と倫理的課題
生成AIによる声の合成も大きな注目を集めています。AIが特定の声質を学習し、著名アーティストの声を模倣する技術は実用段階に近づいており、ボーカルを再現できるプロジェクトも増えています。これに対し、アーティストのアイデンティティや肖像の無断利用を防ぐ動きが強まっており、レコードレーベルや業界団体が新たな倫理規定やガイドラインを策定しています。特に声のディープフェイクは、不正使用によるブランド毀損や収益不正取得のリスクが顕在化しており、世界最大手のレーベルであるユニバーサル・ミュージック・グループも警戒感を示しています(参照*4)。
法規制と国際的な動向
AIによる著作権侵害や声の合成に関するリスクを受けて、各国で法規制の整備が進められています。米国ではテネシー州のELVIS法がAIによる声や肖像の乱用防止を目的に制定され、連邦法「NO AI FRAUD Act」などの動向も注目されています。音楽業界ではRIAA(レコーディング・インダストリーズ協会)によるHuman Artistry Campaignなど、業界横断の連携も強化されています。日本でも、AIによる著作権や肖像権の侵害を防ぐための議論が進行中です。今後は、法規制とイノベーションの両立を目指した制度設計が求められます。
生成AIがもたらす経済的インパクト――クリエイターと収益構造
生成AIによる自動作曲や編曲の普及は、音楽業界の収益構造に大きな変化をもたらす可能性があります。ストリーミング配信や動画共有プラットフォームでは、従来のミュージシャンや作曲家が生み出した楽曲だけでなく、AIが生成した曲も大量に提供されるようになっています。膨大な楽曲が市場に流通することで、単一曲あたりの再生数が分散し、既存クリエイターにとって新たな競合環境が生まれています。AI生成音楽を販売する企業が権利処理を簡略化することで、従来のロイヤリティ配分と競合する形で市場が再編される可能性も指摘されています。
世界規模での収入リスクと対策
世界規模でクリエイターの収入減少が懸念される報告書も発表されています。CISACとPMP Strategyの調査によれば、生成AIの導入が進むことで音楽分野では2028年までに24%の収入喪失リスクが生じ、累計約10億ユーロ(約1600億円)の損失が見込まれています。一方で、生成AI市場全体は2028年には約640億ユーロへと急成長する見通しです。AI関連サービス企業の収益は増加する一方、創作者の作品の無許諾使用や従来の収益源がAIの出力によって失われることが背景にあります。音楽分野では、ストリーミングとライブラリ市場がAIの影響を大きく受け、2028年時点で生成AI音楽は従来のストリーミング収益の約20%、音楽ライブラリの収益の約60%を占めると予測されています(参照*5)。
この動きを抑制するためには、権利保障とテクノロジーの進化を両立させる制度設計が必要です。クリエイターの創造活動を守りつつ、新しい形の音楽流通を創出する方策が世界各地で検討されています。
JASRACの見解と国際協調――生成AI時代の著作権
日本音楽著作権協会(JASRAC)は、生成AIの発展に伴う著作権課題について、クリエイター保護を優先しながら技術革新との調和を目指す姿勢を明確にしています。膨大な楽曲データを自由に学習・再利用することが創作のサイクルを破壊しかねない懸念を示す一方、適切なルール整備によって生成AIとの共存は可能であるとしています。具体的には、営利目的での学習利用を無制限に認めることは不当であると批判し、クリエイターへの報酬や権利者の意思表示を尊重する仕組みを提起しています。こうした姿勢は文化の発展を守るうえで、国内外の議論に大きな影響を与えています。
国際協調とルール形成の動向
JASRACは、生成AIが国境を越えて波及する特徴を踏まえ、国際協調の必要性を強調しています。他国ではフェアユースなどの包括的規定をもとに機械学習を認める場合もあり、日本とは著作権制度のアプローチが異なる事例も見られます。この違いが世界的な音楽市場で混乱を生まないためにも、政府や業界団体による積極的な意見交換とルール策定が求められます。特にG7首脳会議などでも議題として取り上げられ、責任あるAI開発や透明性の確保が提唱されています(参照*6)。音楽が国境を越えて愛されるように、生成AIが生み出す新たな表現も適正なルールのもとで世界中に広がることが期待されます。
未来に向けた展望――生成AIが拓く音楽の新地平
これまで見てきたように、生成AIは音楽制作の効率化や新しいジャンルの創出など、多くの恩恵をもたらす一方、著作権やクリエイターの収益、倫理的側面など社会全体で検討すべき課題も抱えています。しかし、新たな技術は常に可能性とリスクを生み出しながら発展してきたことを踏まえれば、生成AIによる音楽革新も適切なルールと意識のもとで有用性を高めていく余地が大きいといえます。データセットの透明性を確保し、クリエイターへの正当な還元を実現する仕組みが進化すれば、AIと人間のコラボレーションがこれまでにない音楽表現を開花させるでしょう。
今後は、教育機関や企業、行政が連携しながら、生成AIのリテラシー向上と実践的な活用方法を社会に広める取り組みが期待されます。音楽大学や専門学校などでは、AIツールを使った作曲や編曲技法の授業も増えています。こうした取り組みを通じて、新世代の音楽家やエンジニアが技術の可能性を最大限に引き出すスキルを獲得し、独自の音楽制作を切り開くことができるでしょう。創造性を重んじる文化は容易に失われませんが、それを守るためには、法的・倫理的なフレームワークと多様なプレイヤーの協力が並行して進んでいく必要があります。生成AIがもたらす音楽の新地平は、私たちの取り組み次第で大きく変化していくといえます。
監修者
安達裕哉(あだち ゆうや)
デロイト トーマツ コンサルティングにて品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事しその後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。大阪支社長、東京支社長を歴任したのち2013年5月にwebマーケティング、コンテンツ制作を行う「ティネクト株式会社」を設立。ビジネスメディア「Books&Apps」を運営。
2023年7月に生成AIコンサルティング、およびAIメディア運営を行う「ワークワンダース株式会社」を設立。ICJ2号ファンドによる調達を実施(1.3億円)。
著書「頭のいい人が話す前に考えていること」 が、82万部(2025年3月時点)を売り上げる。
(“2023年・2024年上半期に日本で一番売れたビジネス書”(トーハン調べ/日販調べ))
参照
- (*1) Music and artificial intelligence
- (*2) 東京大学 – 囲碁・音楽とAI――創造性をめぐる異分野間対話
- (*3) AVID Open Access – Making Music With Generative AI
- (*4) NPR – AI music isn't going away. Here are 4 big questions about what's next
- (*5) CISAC – Global economic study shows human creators’ future at risk from generative AI
- (*6) JASRAC – 生成AIと著作権の問題に関する基本的な考え方