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はじめに
近年、画像生成AIの登場によって、オンライン上での画像制作の方法が大きく変わりつつあります。従来はイラストレーターや写真家に依頼していた作業が、数行の文章(プロンプト)を入力するだけで自動的に実行できるようになりました。たとえば、IR資料に掲載するカットやSNSの投稿用画像も、手軽に短時間で作成できるようになっています。
こうした新しい技術は利便性が高い一方で、著作権の取り扱いを巡る議論が活発化しています。画像生成AIの学習データとしてインターネット上の大量の画像が収集される過程で、無断利用や権利侵害の懸念が指摘されています。本記事では、法改正や海外訴訟、日本国内の動向も含めて、画像生成AIの著作権リスクについて体系的に整理します。
学習データの収集と権利侵害リスク
ネット上のクローリングデータ
画像生成AIは、ネット上に存在する膨大な画像をクローリング技術で収集し、学習データとして利用します。これらの画像の多くは著作権で保護されており、現状では権利者への通知や同意、対価の支払いが十分に行われていないケースが多く見られます。2023年時点では、研究開発やサービス提供を急ぐ企業が増加し、実際の権利処理が後回しにされる傾向が指摘されています。
こうしたデータ収集は、当初は研究目的であっても、後に商用利用へ転用される場合もあり、社会的・法的観点から慎重な検討が必要です。メディア関連団体の報告によれば、現状の生成AIは大量の著作物をクローリングで無断収集して学習データとしていると指摘されています(参照*1)。このため、本来は個別に権利処理が必要な作品が、そのまま利用されている可能性が高いといえます。
また、日本の著作権法第30条の4は、AI学習に有利な規定とされていますが、「著作権者の利益を不当に害する場合」の解釈が不明確であり、違法コンテンツの学習利用も禁止されていません。現状では、著作権者への実効的な救済策が十分に整備されていないことが課題となっています(参照*1)。
未許諾利用の懸念
ネット上で公開されている画像素材の多くは著作物であり、無料で閲覧できるからといって権利放棄が成立するわけではありません。しかし、生成AIの仕組みでは一度取り込まれた学習データを明確に区別することが難しく、無断で取得した画像がモデルの解析に利用されてしまうことがあります。権利者の許諾を得ないままAIがコンテンツを学習すれば、違法行為とみなされるリスクが否定できません。
特に企業が商用目的で生成AIから作成した作品を利用する場合、どの素材が著作権的にクリアなのか不透明なまま公表してしまう恐れがあります。こうした事態は国際的な訴訟の温床にもなり得るため、利用範囲や適切な使用許諾を初期段階から検討することが重要です。
実際、米国や英国では著作権で保護された画像を無断で学習データに組み込んだとして、裁判所で争われている事例が報告されています。たとえば、Getty ImagesがStability AIを相手取り、Stable Diffusionの訓練にGettyの写真とメタデータを大量使用したとして訴訟を起こしています(参照*2)。この訴訟では、著作権管理情報の改変や商標侵害も争点となり、AIによる著作権侵害リスクの大きさが浮き彫りになっています。
法改正動向とフェアユース
文化庁ガイドライン
日本では、2024年3月に文化庁が発表した「AIと著作権に関する考え方」により、企業や個人が生成AIを活用する際の適法性判断の指針が示されました(参照*3)。このガイドラインでは、学習データとしてどのような画像を使用できるかや、生成物の権利帰属などについて一定の方向性が示されています。
具体的には、非営利目的であれば著作権法上の例外規定に該当する場合もありますが、それだけで安全とは限りません。著作者の意向や利用範囲の透明性をどこまで確保できるかが重要であり、法改正が追いついていない領域では従来の法解釈を柔軟に適用する必要があります。
特に営利の場面で生成AIを導入する事業者は、文化庁指針を遵守し、利用規約や社内コンプライアンスを強化することが求められます。実務現場では、社内研修やガイドライン作成を進める動きが広がっていますが、具体的な運用指針には依然として検討の余地が大きい状況です。
海外法制との比較
EUではAI Actが順次適用され始め、著作権の保護と技術革新のバランスを模索する動きが加速しています(参照*3)。米国ではフェアユースの考え方があり、著作物の利用範囲が広く認められる場合もありますが、機械学習のデータ収集がフェアユースに該当するかは議論が分かれています。英国ではフェアディーリングを軸に法整備が進められ、学習データへのアクセスや著作権者の保護を両立させる方法が検討されています。
海外の事例では、学習に利用した素材の出所を明示する義務や、一定割合を超える無断使用の制限などが議論されており、日本にも影響を与える可能性があります。
2025年11月4日には、英国高等法院でGetty Imagesを原告、Stability AIを被告とする著作権侵害訴訟の判決が出されました。この判決では、AIモデルの学習による著作権侵害の主張は否定されましたが、学習が英国国外で行われた点が主な理由とされています。また、生成画像中にGetty Imagesの商標が含まれていたことから、商標権侵害の一部が認定されました(参照*4)。このような海外判例は、日本の今後の制度設計にも示唆を与えています。
注目される海外訴訟の事例
ハリウッド大手の共同訴訟
近年、ハリウッドの大手映画スタジオが画像生成AI企業に対して共同訴訟を起こす動きが注目されています。ディズニー・エンタープライズ、マーベル・キャラクターズ、ルーカスフィルムなど複数の企業が、Midjourneyによる著作権侵害を主張し訴訟を提起しました(参照*5)。訴状では、映画やキャラクター画像が許諾なく学習データとして取り込まれ、類似のビジュアルが自動生成される点が重大な権利侵害とされています。
映像作品は多額の制作費が投入され、関連グッズの版権収益も大きいため、著作権侵害が認められた場合は巨額の損害賠償につながる可能性があります。このようなケースは、エンターテインメント業界だけでなく、クリエイティブ産業全体にとっても今後の参考となる重要な事例です。
アーティストによるクラスアクション
大手企業だけでなく、個人アーティストによる集団訴訟も増えています。たとえば、Andersen v. Stability AIの事例では、漫画家サラ・アンダーセンらが自身の作品や作風が無断で学習データに利用されたとして訴訟を提起しました(参照*6)。AIが特定の作風やキャラクターの特徴を再現できることが、アーティストの独自性や生計に影響を及ぼすと問題視されています。
2024年8月には、米国連邦裁判所がStability AIとMidjourneyの訴訟取り下げの動議を否定し、著作権侵害の主張が事実調査段階へ進むことが決定しました。今後の判決は、AI企業が著作物を訓練データとして利用する際の法的適否に大きな影響を与えると見られています。
日本における規制と実務対応
千葉の事例の示唆
日本国内でも画像生成AIに関する著作権問題が顕在化しています。2024年8月、千葉県の20代男性が、画像生成AI「ステーブル・ディフュージョン」を使って生成した画像を無断で複製し、別の人物の著作権を侵害した疑いで逮捕されました(参照*7)。このケースでは、作成者自身が著作者と誤認される可能性がある一方、実際には元となる学習データの著作権保有者が存在していたとみられます。
こうした混乱は、生成AIが複数の素材を組み合わせて作り出すため、どこから侵害が発生したのか判別しにくい特性に起因しています。また、利用者が著作権に関する知識を十分に持たないまま生成物を配布・販売したことで、刑事責任に問われるリスクが示されました。今回の千葉の事例は、個人レベルでも注意を怠ると深刻な法的問題に直面することを示す一例です。
さらに、文化庁の「AIと著作権に関する考え方」では、AI生成物が著作物に該当するかはプロンプトの量や内容、生成の試行回数などを総合的に判断するとされています。国内にはAI生成物を著作物とみなす判例はまだありませんが、今後の動向が注目されています。
企業契約と帰属管理
企業が画像生成AIを導入する場合、契約面や成果物の帰属管理を明確にすることが重要です。特に、学習済みモデルを追加学習で最適化するファインチューニングの手法では、自社データを重ねて特定用途に合わせた画像を出力できる利点があります(参照*8)。しかし、元のモデルがどのような素材を使って学習されているかを把握せずに利用すると、後から権利問題が発覚するリスクがあります。
企業が生成AIを取り扱う際の主な対策としては、以下のようなポイントが挙げられます。
- 開発段階の契約でデータ使用範囲を明確化する
- サプライヤーに権利処理の完了を保証させる
- 生成物と使用素材の体系的な記録管理を行う
これらを徹底することで、社外への説明責任を果たし、法的リスクを回避することが期待できます。
また、生成された作品の帰属を明確にするため、制作プロセスや使用素材の情報を管理する仕組みを整備することも重要です。契約時には、成果物の利用範囲や再利用の可否、第三者提供の条件などを具体的に定めることが推奨されます。
おわりに
画像生成AIの著作権問題は、学習データの収集から生成物の公開まで、多くの要素が複雑に絡み合っています。無断クローリングによる権利侵害リスクや、国内外で進む法改正・訴訟の動きは、個人から企業まで幅広い層が注意すべき重要なトピックです。
日本では文化庁の指針や海外法制の影響を受け、今後さらなる制度整備や企業のコンプライアンス意識の向上が期待されています。利便性の高い技術だからこそ、法的ルールとの調和を図りながら発展させていくことが求められます。今後の動向を注視しつつ、権利者と利用者の双方が納得できる新たなガイドラインの確立が望まれます。
監修者
安達裕哉(あだち ゆうや)
デロイト トーマツ コンサルティングにて品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事しその後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。大阪支社長、東京支社長を歴任したのち2013年5月にwebマーケティング、コンテンツ制作を行う「ティネクト株式会社」を設立。ビジネスメディア「Books&Apps」を運営。
2023年7月に生成AIコンサルティング、およびAIメディア運営を行う「ワークワンダース株式会社」を設立。ICJ2号ファンドによる調達を実施(1.3億円)。
著書「頭のいい人が話す前に考えていること」 が、82万部(2025年3月時点)を売り上げる。
(“2023年・2024年上半期に日本で一番売れたビジネス書”(トーハン調べ/日販調べ))
参照
- (*1) 生成AIに関する共同声明|著作権|声明・見解|日本新聞協会
- (*2) Copyright Alliance – Current AI Copyright Cases – Part 1
- (*3) プレスリリース・ニュースリリース配信シェアNo.1|PR TIMES – 【期間限定公開】生成AI×著作権セミナー—文化庁ガイドラインと最新規制を徹底解説—Qlean Datasetがアーカイブ配信を開始
- (*4) Yahoo!ニュース – 生成AI著作権侵害訴訟:英裁判所は著作権侵害を否定したがその理由付けには注意が必要(栗原潔)
- (*5) NPR – In first-of-its-kind lawsuit, Hollywood giants sue AI firm for copyright infringement
- (*6) Andersen v. Stability AI: The Landmark Case Unpacking the Copyright Risks of AI Image Generators – NYU Journal of Intellectual Property & Entertainment Law
- (*7) Yahoo!ニュース – 「AI生成画は著作物」、無断複製の疑いで男を書類送検へ…千葉県警が全国初の摘発(読売新聞オンライン)
- (*8) 北浜法律事務所 – 連載コラム : “AIと法務” 生成AIの開発・学習と法的問題②