医療・ヘルスケア分野において、生成AI活用はどのように進むか。

2023.12.05

安達 裕哉

さまざまな業界で注目されはじめているChatGPTなどの生成AIですが、医療・ヘルスケア業界も例外ではありません。

特に高い期待が寄せられているのは、創薬分野でのChatGPT活用です。

 

医療・ヘルスケア現場での生成AI活用への期待

ボストンコンサルティンググループ(BCG)は、ヘルスケアは生成AIの活用が最も期待される領域だとして、この領域での生成AI市場は2025年までに年平均成長率が85%で拡大するとの見通しを示しています*1。

 

BCGはいくつかのユースケースを想定していますが、ひとつは治験報告書の作成で、報告書を作成するメディカルライターの業務を60%以上短縮できるとの報告を紹介しています。

次に、カルテの作成です。アメリカの一部では、医師がある程度キーワードを書くとAIが想定されるカルテの流れを下書きし、文書化を支援するという実装が始まっています。

 

さらに、患者からの医療に関する質問への回答では、興味深い調査結果が得られています。

カリフォルニアのサンディエゴ校の調査によると、「回答内容の質」については、医師への評価は「許容できる」~「良い」の割合が最も多くなっていました。

 

一方、ChatGPTでの回答に対する評価は圧倒的に「良い」~「非常に良い」に寄っている、と専門家が判断したという結果が出ています。

 

患者の質問に対する医師とChatGPTの回答の評価
(出所:「ヘルスケア領域における生成AI活用事例――医薬品開発、患者対応に高い期待」ボストンコンサルティンググループ)

 

「思いやり」については、ChatGPTに圧倒的に軍配が上がっています。それくらい、自然な言語で病気などについて上手く説明できているということでしょう。

 

創薬分野で強い力を発揮か

また、米系ITアドバイザリー企業のガートナーは「生成AIで最も影響を受ける業界」のひとつに製薬を挙げており、2025年までに新薬や新材料の30%以上が生成AI手法を用いて体系的に発見される(現在は0%)との見通しを示しています*2。

前出のBCGも同様に「創薬における具体的なユースケースとして、医薬品の設計を加速させる活用がある」と評価しています。

 

というのは、創薬には膨大な作業量と時間がかかるからです。

新しい薬を作り出すには、まずその薬が標的とするタンパク質を特定した上で、かつ、効果が出る化合物を見つけなければなりません。
しかし、同じ物質を含む化合物といってもその分子構造はさまざまです。

 

創薬のスタートとして用いうる化合物を、「薬のタネ」という意味で「シード化合物」と呼びますが、研究者はこのシード化合物の構造をさまざまに変えたものを合成し、スクリーニングを進めていきます*3。

その上で、今後の展開が見込めそうな化合物(リード化合物)を得ていきます。

 

しかしそれで終わりではありません。

さらにリード化合物の構造を少しずつ変えたものを合成し、より優れたものを特定していきます。長期間を要する上に成功率が低いプロセスと言われています*3。勘や偶然によるところもあると言えるでしょう。

 

それゆえ新しい薬の開発には平均で10年から15年の時間を要すると言われていますが、大量のデータを利用した洞察力、予測力を持つ生成AIを活用すれば、このステップを数週間で完了できるといいます*4。

AIの利用によって、10の60乗の組み合わせから高速で活性化学構造を自動提案できるとも報告されています*5。

 

製薬会社での導入の動き

このように創薬を生成AIで支援するシステムの導入や研究が、国内でも始まりつつあります。

 

まず中外製薬です。情報解析を支援し、国際訴訟などに必要なデータの証拠保全などを行う自然言語解析AIエンジンを持つFRONTEO社とライセンス契約を締結しました*6。

中外製薬は医薬品の候補となる分子の探索や薬物の動態予測、論文の検索などにAI活用の可能性を見出しています*7。

また、富士通と理化学研究所は、独自の生成AIによる創薬技術を開発したと発表しています*8。大量の電子顕微鏡画像からタンパク質の構造変化を広範囲に予測できるというもので、「細菌やウイルスなどの標的タンパク質に結合する薬剤の設計過程を革新することが期待できる」としています。

 

理化学研究所はスーパーコンピュータ「富岳」への創薬DXプラットフォームの構築を進めています*8。

海外では、香港に拠点を置くAI創薬企業インシリコ・メディシンが、AIでデータベースを解析して新薬候補を探し出し、候補物質の設計には生成AIを活用するという手法で、わずか18か月でFDAから新薬の認可を取得したという事例もあります*1。

 

経済効果と未知の世界の発見

創薬AIの利用によって医薬品の開発費は1品目あたり600億円削減されるとの報告もあります。

創薬AIがもたらす経済効果
(出所:「創薬における人工知能応用」厚生労働省資料)

 

創薬でのAI利用は製薬業界の開発費用を大幅に削減するだけでなく、新薬の開発を加速させ、製薬会社のリソースを他の業務に回すことも可能にします。
あるいは、薬価の低減につながる可能性も出てくるでしょう。

 

また、中外製薬とライセンス契約を締結したFRONTEO社は、ある疾患の標的分子を探索した際に、関連性が高いとされた95のうち20は論文に直接記載されていなかったといいます*9。

新しい薬品の発見だけでなく、疾患とタンパク質の未知の因果関係を推測することもできるということでもあります。

 

最後は人の手で

もちろん、生成AIの特性上、事実に基づかない回答を示してしまうということもあります。しかし人が行う実験によってそれを回避できるのならば、生成AIは威力を発揮する可能性が大いにあります。

 

医療という人の健康に直接関わる分野にAIが登場することに抵抗を感じる人も少なからずいることでしょうが、医療というのは古い過去から大量の実験や治験で得られた結果や知識の積み重ねの上に成り立っているというのもまた事実でしょう。

これらの莫大なデータを有効活用できるのならば、ひとつの選択肢として成り立つことと考えます。

 

参考文献:

*1
「ヘルスケア領域における生成AI活用事例――医薬品開発、患者対応に高い期待」ボストンコンサルティンググループ
https://www.bcg.com/ja-jp/publications/2023/how-generative-ai-can-be-used-in-health-care-industry

*2
「生成AI (ジェネレ―ティブAI) とは?」ガートナー
https://www.gartner.co.jp/ja/topics/generative-ai

*3
「ChatGPT活用の「創薬革命」、16兆円市場で始まった開発期間短縮やコスト削減」ダイヤモンド・オンライン
https://diamond.jp/articles/-/330171?page=3

*4
「ChatGPT活用の「創薬革命」、16兆円市場で始まった開発期間短縮やコスト削減」ダイヤモンド・オンライン
https://diamond.jp/articles/-/330171

*5
「創薬における人工知能応用」厚生労働省資料
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000154209.pdf p6

*6
「中外製薬と FRONTEO、創薬支援 AI システムにかかわるライセンス契約を締結」中外製薬
https://www.chugai-pharm.co.jp/news/cont_file_dl.php?f=200529jAI-based_system.pdf&src=[%0],[%1]&rep=2,983 p1、2

*7
「AIを活用した新薬創出」中外製薬
https://www.chugai-pharm.co.jp/profile/digital/ai_technology.html

*8
「富士通と理化学研究所、独自の生成AIに基づく創薬技術を開発」富士通、理化学研究所
https://pr.fujitsu.com/jp/news/2023/10/10-1.html

*9
「AI創薬で100億円を目指す、FRONTEOが「仮説生成」を強みに事業拡大」日経クロステック
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/08470/?P=2

 

Photo:National Cancer Institute

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(2024/12/11更新)