ChatGPTなど大規模言語モデルに基づく生成AIは、製造業の姿を変えようとしています。
設計から製造、保守点検などのアフターサービスまで多くの段階で生成AIは活躍の可能性があり、実際にさまざまな場面で導入されています。
製造業では、製品が複雑化する一方で将来の人手不足への懸念もあり、AIの導入に積極的な企業が多いのも特徴です。
製造業での生成AIの出番は実に多様です。
国内外の動きをご紹介します。
製造業がリードする生成AIの活用
アメリカのセキュリティ会社Zscalerによると、業務でのChatGPTの活用は製造業、金融業、サービス業で進んでいます。
なかでも製造業のユーザーが占める割合が最も多く、製造業は生成AI活用の牽引役と言えるでしょう。
実際、世界の製造業界での生成AIの市場規模は2022年に2億2500万ドルと推計され、その市場は2023年までに約69億6345万ドルに達するとの予測もあります。
北米を中心に、2022年では自動車業界がその大半を占めています。
またアプリケーション別では、製品デザインセグメントが多かったほか、今後は予測メンテナンス部門での大幅な成長が見込まれています。
生成AIの活用は今後幅広い製造現場に広がっていくことでしょう。
生成AIが製造業にもたらすもの
生成AIは製造プロセスを大きく変える可能性を秘めています。接客を自動化し、コミュニケーションを改善し、製造プロセスに貴重な洞察を提供することで、新たなレベルの効率化を達成することができるでしょう。
将来的には、設計から生産、販売、アフターサポートまで、製品のライフサイクルのあらゆるステップでChatGPTが活用される、というシナリオも想定されます。
効率改善
ChatGPTは、自動化された製造システム、機械と人間のオペレータの間、製造プロセス内の異なるシステム間のコミュニケーションを強化するために使用することができ、それによって最適な運用効率を達成することができます。
また、通常人間が行う反復作業を自動化し、付加価値の高い活動に時間を割くことができる。チャットボットの精度も向上し、社内外の問い合わせへの対応も自動化できます。
機械の監視とメンテナンス
ChatGPTはメンテナンスログを解釈することで、問題を予測し、メンテナンスを自動スケジュールすることも可能で、合理的なメンテナンスに繋がります。
品質管理・検査
ChatGPTは検査レポートを分析し、そこから得られるパターンを特定し、同時に隠れた洞察を明らかにすることで品質の向上に寄与します。
アクセンチュアによれば、生成AIの導入で設置、メンテナンス、修理の総作業時間の25% が影響を受けるといいます。
需要予測
ChatGPTは過去のデータを分析することで需要を予測し、効率的な生産計画を立てることも可能です。在庫を抱えずに済む生産の在り方は、コストダウンに繋がることでしょう。
サプライチェーンの可視化
また、製造の現場では地球環境などに配慮した倫理性への意識が強まり、持続可能な材料調達を実現することがますます求められています。
製造業の経営層を対象に実施された調査では、サプライチェーンの可視化は持続可能性のために必要であるとの結果が示されています。
Googleは自社が提供するGen AIによって、自然言語処理によって法律文書や契約文書から関連する条項を抽出し、倫理性などを備えた最適なサプライヤーを検索することも可能だとしています。
なお、サプライチェーンの15職種のうち7職種では、生成 AI が全労働時間の半分以上に影響を与える可能性があるともされています。サプライチェーンでの労働力の削減にも繋がるのです。
従業員のトレーニング
プロセスの自動化だけでなく、ChatGPTは、インタラクティブかつカスタマイズ可能な学習体験を提供する可能性があるため、トレーニングや開発シナリオにも使用できます。
安全性についても、例えば、ChatGPTは安全対策や機器の使用に関する問い合わせに答えるように訓練される可能性があり、その結果、より安全な職場の雰囲気が醸成されます。
コストの削減
AIを導入することで、自動化による人件費の削減から予知保全によるダウンタイムの減少に至るまで、複数の過程で大幅なコスト削減を実現できることでしょう。
海外で進む製造業への生成AI導入
では、実際の開発状況などをご紹介していきます。まず海外での動きです。
海外からの問い合わせにも迅速に対応〜Siemence
ドイツのSiemenceはChatGPTを活用した保守作業支援ツールを開発中です[1]。
ロボットなどの機器が故障した際に、現場の従業員と機器の専門家とのやり取りをAIが橋渡しするのが目的です。 例えば、東南アジアの工場でロボットが故障し、現場の従業員が修理のために米国のロボットメーカーに連絡を取らなければならない、といった状況があったとします。その時、事故の状況を要約しつつ英語に翻訳してくれるため、コミュニケーションはスムーズなものになり、迅速な対応が可能になります。
故障状況を確認したエンジニアは、修理の仕方を従業員に指示したり、ソフトウェアの問題ならば遠隔でプログラムを修正したりできるほか、故障の報告書も生成AIがドラフトを作成してくれる機能もあります。
サプライチェーン存在地の災害に対応〜Microsoft
また、マイクロソフトの「Dynamics 365 Copilot」はChatGPTを搭載しており、サプライチェーンの混乱を未然に防ぐことができるというものです[3]。
例えばある地域で気象災害が発生したとします。すると、AIがサプライヤーの被害状況をインターネットを通じて調べ上げ、直接的な被害情報が無くても、過去の同様の事象から材料供給に影響を及ぼしそうなサプライヤーを洗い出して報告してくれます。
同時にサプライヤーに実際に被害が出ていないか、伺いを立てるためのメールを作成するため、実際の状況を確認する作業もほぼ自動化できるのです。
部品の最適化〜GMなど
また、生成AIにより、使用する材料、目的の製品のサイズと重量、使用する製造方法、コストなどのパラメータを入力するだけで、ジェネレーティブ デザインアルゴリズムが設計図と指示を吐き出す、という工程も考えられています。
なお、ゼネラルモーターズのような自動車会社は、すでにジェネレーティブ デザイン アルゴリズムを使用して部品を最適化し、車両の重量を削減しています。
イーロン・マスクもAIスタートアップ立ち上げへ
また、Teslaのイーロン・マスク氏も生成AIの可能性に興味を持ち、人工知能の新会社を設立したことが明らかになり、ChatGPTに対抗する狙いとみられています。
名前は「X.AI社」で、3月9日に登録され、マスク氏が取締役になっています。今後どのような展開を見せるか注目されるところです。
日本国内大手でも幅広い活用方法が登場
国内でも、大手を含め様々な試みがあります。
まず大手の動きを見ていきましょう。
既存のAI技術に生成Aiを組み込み〜三菱電機
まず三菱電機は、同社が手掛けるAI技術「Maisart(マイサート)」に生成AIを組み込み、2024年度中にもサービス開始を目指しています。
社外へのサービス提供に先駆け、同社と国内の関係会社の約12万人向けに、テキストベースで生成AIを活用できる環境を整え、2023年8月末から社内業務での活用をすでに始めています。開始から約3週間で、1割に当たる1万2000人が利用し、検索やプログラム作成などに用いられました。
会話力を商品に反映〜シャープ
シャープは、一般家庭向けのコミュニケーションロボット「ロボホン」で、ChatGPTによる会話アプリケーションを開発、ユーザーからモニターを選んで会話能力を検証しています。
また、ChatGPTをベースに物語を生成する「お話作ろう」という機能をリリースしています。
物語の作成機能では、「おじいさんとおばあさんがいます。川の近くに住んでいて、(略)最後はハッピーエンドにしたい」といった設定をロボホンに話すと、物語を生成して読み上げてくれるようになっています。
シャープは生成AIの会話機能を「しゃべる家電」にも応用するための準備を始めています。
例えば今晩の料理は何にしよう、と迷った時に冷蔵庫からメニューを提案してくれる機能です。「今日の晩ご飯のメニューは、サーモンのムニエルはいかがですか。鮭には、最近摂取できていないビタミン類や抗酸化成分が多く含まれていますよ」と声が聞こえ、「それ、いいね」と答えると料理のレシピが表示され、オーブンや調理鍋がスタンバイを始める、そのような未来を描いています。
独自の日本語大規模言語モデルを構築〜NEC
またNECは、独自に収集・加工した多言語データをもとに日本語大規模言語モデルを開発しました。
性能面では、日本語の知識量や文書読解力を計測する日本語の一般的なベンチマークで、世界トップクラスの日本語能力を実現しているとしています。
すでに社内業務で活用を始めており、文書作成や社内システム開発におけるソースコード作成業務など、様々な作業の効率化にも応用しています。
パラメータ数を無尽蔵に増やすのではなく、「学習データ量」を従来モデルと比較して圧倒的に増やす、というアプローチを取ることで、CPU消費量や運用にかかる電気代を抑える方向性での開発です。
モデルサイズを抑えていることで、オンプレミスでの運用も可能になるでしょう。機密情報の保護のためにクラウドではなくオンプレでの運用を望む顧客に対する需要もありそうです。
3Dデータから1分で価格・納期を回答〜ミスミグループ
また、ミスミグループが開発した「meviy(メビー)」は、顧客から受け取った3Dデータをもとに1分で価格・納期を回答し、同時に製造プログラムを自動生成することで、最短で1日で製品を出荷できるシステムです。
このプロセスにより、部品数1500点の設備の部品調達をする場合、約1000時間かかっていた作業を約80時間にまで短縮できるといいます。じつに92%削減されています。
ユーザー数は劇的に増えており、2022年には10万にのぼっています。
労働人口の減少への対応、また、製造業のDX加速手段として今後も伸びを示していきそうです。
スタートアップが試みる自動運転技術へのLLM適応
現在自動車業界が挑んでいる「同社は完全自動運転EV」の量産を目指しているのが、千葉県のスタートアップTuringです。
Turingは2030年に完全自動運転EVを10,000台量産し完成車メーカーになるという目標を掲げており、Teslaを超えるという野心を抱いています。
同社は自動運転EVに適用するための大規模言語モデルの開発に着手しています。
LLMの本質は「言語を通じて極めて高いレベルでこの世界を認知・理解している」ことにあり、自動運転AIに「人間と同等以上にこの世界を理解させる」ためにはLLMのアプローチが有効だとしています。
人間と同等以上に3次元の世界を理解させる必要もあるともしています。
そして同社の青木俊介CTOは、自動運転分野における既存のLLMの限界を指摘しています。
ChatGPTなど既存のLLMの課題のひとつとして、例えばLLMに猫の映像を見せたとき、それが「猫だ」と判断するのは得意でした。しかし猫がどのくらいの速度で走り、どのくらい高く跳べるかなど行動予測ができなかったり、タイヤの回転数と速度の関係がひも付いていなかったりするという課題が浮き彫りになったといいます。
また、ChatGPTをはじめとした既存のLLMでは、運転に必要な応答速度に到底及ばなかったということです。
製造業における生成AI導入にあたっての課題と対応策
もちろん、認識しておくべき課題もあります。
データ量
AIはデータによって駆動され、このデータの質と量はパフォーマンスに大きく影響します。システムに特定の用途に十分な関連データが提供されなかったり、データの質が低かったりすると、システムのスループットが制限され、結果に悪影響を及ぼす可能性があります。
この点については、大手メーカーや他社のノウハウを支障のない範囲で共有するという方法が考えられます。
導入コスト
製造業にAIを導入するには、多額の先行投資が必要です。
適切なインフラの導入、AIのトレーニング、データ・セキュリティの確保など、すべてにコストがかかり、中小企業にとっては法外な負担となる可能性があります。
これについて、先行投資と考えるかどうかで対応は分かれることでしょう。
正しい理解と意識改革
そして製造プロセスの複雑で技術的な性質や、チャットボットの継続的なトレーニングと更新の必要性が含まれるため、データサイエンティストとドメイン専門家の共同作業が必要になります。
デジタル変革に対する組織の準備や意識改革も必要です。
特に日本では、DXの課題として「デジタルに対するビジョンと戦略の不足」にあるとする企業の割合は61%にのぼっています。
ここまでご紹介してきたように、AIの利用はDXの一環として避けられないものであると認識を改める必要があります。
なお、伝統産業にAIを取り入れている事例もあります。
岩手県の伝統工芸品である南部鉄器を造るタヤマスタジオは、ベテラン職人の思考を再現するAIの開発を進めています[4]。言語解析モデルによって、熟練者に一から十まで頼ることなく自主的に学んでいける環境を作ることを目的としています。
単なる情報処理ツールではなく、AIは「大量の知識のアーカイブ」を作ることができるものとも言えるでしょう。
IoTの時代に乗り遅れないために
また、製造業に限った話ではありませんが、近年ではIoT(モノのインターネット)の導入は珍しいものではなくなりました。
カメラから得られる画像、生産を合理化するための取り組みをデータ化したもの、従業員の勤務時間からみた生産性、はたまたCO2排出量など様々なデータが蓄積されていく中で、これらを分析しないままでいるのは勿体ないことです。
もちろん100%の正答率というわけではありませんが、生成AIはこれらのデータをインプットするだけで様々な提案をしてくれる存在です。
データサイエンティストなど専門家の不足、また純粋に労働力が不足していくなかで、AI導入に可能性を見出してみることは重要になるでしょう。