ChatGPTをはじめとする、生成AIの存在が大きく影響を与えそうな業界のひとつとして、金融が挙げられます。
金融業界は、専門知識や専門用語を使った顧客への説明が難しく、また冗長なものになりがち、という事情があります。
そのため、自然な会話に近いやり取りができるChatGPTを魅力ある存在と捉える企業は少なくありません。
生成AIに限らず、金融分野における人工知能(AI)活用は実質的かつ一貫して上昇していることが複数の調査で示唆されています。
例えばデロイトは、金融サービス (FS) 企業は、業務効率とコスト効率、および重要なビジネス変革プログラムを促進するために、自社の戦略に人工知能 (AI) を組み込むことが増えているとレポートの中で主張しています。
ただし、調査はまた、全体として、FSにおけるAIの導入はまだ初期段階にあると結論づけています。
調査対象となった企業のうち、40%はAIをどのように組織に導入できるかを
学んでいる最中で、11%は活動を開始していません。また、AIソリューションを積極的に開発しているのは32%でした。
国内企業の、生成AI導入への温度差
国内の金融機関ではChatGPTの導入にまだ温度差がありながらも、遅れを取るわけにはいかないといった受け止めかたがあります。
日経クロステックが2023年4月に公開した記事によれば、国内大手金融機関ではChatGPTの利用を検討あるいは独自システムを開発中という企業が出ています。
三菱UFJ銀行は「活用を前向きに検討中」、GMOあおぞらネット銀行は「利用可能な案件があれば2023年下期以降に使い始める構想」、野村ホールディングスも「金融機関に求められる要件を満たせるかなど検討中」と回答しているほか、損保ジャパンは日本語に特化した生成AIでのコールセンター支援システムを開発中です。
また、日本生命は様子見の姿勢でありながらも「生成AIの活用は不可逆の流れ」と答えています。
なお大和証券は、全業務にChatGPTを導入したことを発表しています。
正確性やセキュリティを考えるとChatGPTの導入の様子には、各社の間で開きがあることも不思議ではありません。
朝日生命は独自システムの本格利用開始
積極的な企業の場合、自社でチャットボットを開発する動きも出ています。
朝日生命はChatGPTをベースに独自開発したAIチャットボットの社内利用を2023年6月から開始したと発表しました。情報収集や社内資料作成、業務課題の分析などに導入しています。
今後はマニュアルや社内規定、保険商品の約款などを学習させ、社内の照会に対して自動回答するシステムを構築するとしています。
東京海上日動も保険領域に特化したシステムの試験活用を6月から開始すると発表しているほか、三井住友FGも日本総研、NECと共同で独自のAIアシスタントツール「SMBC-GPT」の実証実験を2023年4月からスタートさせています。
金融業界では専門用語でのやりとりやマニュアル、約款などが膨大かつ複雑になりがちという特徴がありますので、数ある生成AIの中でもかなり高度な文章生成能力を持つChatGPTが採択されたものと見られます。
セキュリティや信頼性への懸念から現段階では様子見の企業でも、いずれ何らかの対応を迫られることでしょう。
「ブルームバーグGPT」の衝撃
さて、生成AIのベースになっている「LLM(=大規模言語モデル)」の導入にはいくつかの方法がありますが、上記のような国内の金融機関で用いられているのは、OpenAIなどが構築した既存のLLMに企業独自のデータなどを埋め込んで「カスタマイズ」したものと言えます。
ChatGPTは何がすごいのか
そもそもChatGPTの威力は、その内部で動くLLM(=大規模言語モデル)が持つ比類ない学習量にあります。
AIが文章などを生成するために参照する要素、例えば単語の列や単語どうしの関係性などのことを「パラメーター」と呼びますが、2018年にGoogleによって開発された言語モデル「BERT」では、パラメーター数は3億4000万でした。
一方でChatGPTがベースにしているLLMは「GPT-3.5」の段階で、すでに3550億のパラメーターを利用しており、桁外れと呼べる数です。
そして、このパラメーターの数の多さがこれまでになかった自然な言語の生成機能をChatGPTに与えています。
500億パラメーターを使用する「ブルームバーグGPT」
一企業が「GPT-3.5」や「GPT-4」並みのLLMをゼロから構築するのは容易なことではありません。まず自然な言語を生成できるだけのデータがなければ始まりませんし、高度なデータサイエンティストもかなりの数を必要とします。
しかし、金融に特化したLLMそのものをゼロから独自に構築してみせたのが米ブルームバーグです。
ブルームバーグは金融に関する資料を40年以上保有しています。その大量のテキストを用いて、500億パラメータのLLM、そしてその上で文章を生成する「ブルームバーグGPT」を開発しました。
ブルームバーグGPTは金融という限られた領域に的を絞っているにもかかわらず、すでに「BERT」の約161倍のパラメーターを学習させていると考えれば、その力が想像できることでしょう。
ただ、ここまでのリソースをつぎ込める企業はごくわずかだと言われています。
AI適用が進む業務事例
では、金融業界でAI適用が進む業務事例を見ていきましょう。
契約・レビュー・要約
例えば、アクセンチュアの調査によれば、銀行業界の全労働時間の 90% が大規模言語モデル (LLM) の影響を受ける可能性があり、さらに詳しく見ると、業界の労働時間の 54% が AI による自動化の可能性が高いとしています。
また、2028 年までに、フロント オフィスからバック オフィス業務に至るまで、業界全体で従業員の生産性が 30% 向上すると予測しています。
マッキンゼーも同様の予測をしており、アプリケーションに応じて、生成AI は生産性を 30 ~ 90 パーセント向上させることができるとしており、マッキンゼー・グローバル・インスティテュート の試算によれば、総合的に見て、生産性やその他のメリットにより 投資銀行の営業利益が 9 ~ 15% 増加する可能性があります。
例えば、契約は一般的な活動ですが、それを効率的または効果的に行っている企業はほとんどありません。
非効率的な契約により、企業は特定の取引の価値の 5 ~ 40 パーセントを失うと推定されています。しかし、人工知能 (AI) などの最近の技術開発は、企業が契約上の課題を克服するのに役立っています。
契約上の課題には次のようなものがあります。
・大量の契約を管理する
・矛盾した用語や条項への対処
ハーバード・ビジネス・レビューの、『How AI Is Changing Contracts』の著者であるビバリー リッチ氏は、研究の中で、テクノロジーが契約の生産性と効率をどのように高めてきたかを明らかにし、AI には次のような方法で企業の契約方法を劇的に改善する可能性があると信じています。
・企業が契約に使用するツールを変える
・契約内容への影響
・企業が契約するプロセスに影響を与える
AIは、これらの法的文書から関連情報を理解、分類、抽出することができます。
例えば、銀行では、住宅ローンの申込書、信用状、ローン契約書などの文書を扱うことが多く、複雑な専門用語や形式的な手続きで構成されていることが多いです。AIを搭載したシステムは、このような高密度なテキストを分析することができます。
Emerjのレポートによれば、JPモルガン・チェースはテクノロジーに投資し、 2017年に「法的文書を分析し、重要なデータポイントと条項を抽出する」ために設計されたコントラクト・インテリジェンス(COiN)「チャットボット」を導入しました。
年間1万2000件の商業信用契約を手動でレビューするには、通常約36万時間かかります。しかし、この機械学習テクノロジーの初期実装の結果では、同量の契約書を数秒でレビューできることが示されました。COiN には広範な可能性があり、同社はこの強力なツールを実装するための追加の方法を模索しています。
また、デロイトの金融レポートによれば、一部の銀行は、初期のテクノロジーで顧客をより適切にサポートできる方法を学ぶために試験運用を開始しています。
たとえば、オランダの ABN Amro は、200 人の従業員が顧客との会話を要約するために生成 AI を使用しています。また、問題をリアルタイムで解決するために顧客データを収集する方法もテストしています。
スウェーデンの Klarna Bank は、すべての従業員に生成 AI 言語モデルへのアクセスを提供し、そのテクノロジーを実験するよう依頼しました。
JP モルガン・チェースは、これらのツールが 2023 年末までにさらに 15 億米ドルの価値を生み出すと見積もっています。同社のリテール銀行は、AI を使用してクレジット カードのアップグレードなどのカスタマイズされたサービスを拡張することに成功しています。
トレーディング・コンプライアンス
ゴールドマン・サックスのニューヨーク本社ではかつて、株式の売買を行うヒューマン・エクイティ・トレーダーを600名以上雇用していましたが、最近のMIT Technology Review の記事によると、現在従業員は 2 人だけです。
JPモルガンによると、すでに自動化されたボットが取引を支配しており、人間の裁量投資家による取引高はわずか10%に過ぎないといいます。
機械学習により、AI を活用したアシスタントは時間の経過とともにクライアントの行動に適応し、以下のように、洞察力に富んだ推奨を行うことができます。
例えば、顧客が一定期間内に複数の送金を承認した場合、仮想アシスタントは次のように言うことができます。
「シンガポールに 100 米ドルの送金を行ったようです。代わりに外国為替 ACH 送金ができることをご存知ですか? ここをクリックしてサインアップしてください」
さらに、AIはトレーディングだけにとどまらず、金融サービス分野で重要な要素である規制コンプライアンスを合理化する強力なツールにもなり得ます。
従来のコンプライアンス手法は、主に手作業であり、かなり煩雑と見なされることが多かったですが、AIベースのRegTech(規制技術)ソリューションを導入することで、大幅に最適化することができます。
AIによって強化されたこれらの代替コンプライアンス手段は、疑わしい取引の監視から規制報告書の自動生成まで、より幅広いタスクを引き受けることができます。
その一例がMetricStreamのリスクマネジメント・ソリューションであり、AIを活用してコンプライアンス業務を管理するソフトウェア・プラットフォームです。
このツールは、金融市場における容認できない行動を監視、検出、防止するように設計されています。
顧客サービス体験
さらに、AI技術はこれらの組織の構造に浸透しているだけでなく、金融サービスそのもの変化を引き起こす力として急速に定着しています。
例えば、顧客サービス体験の大幅な向上です。
具体的には、バンク・オブ・アメリカの「エリカ」というAI主導のチャットボットや、ペルソネティックスのような顧客の行動パターン分析AIツールが存在します。
今日、人工知能(AI)は顧客サービスや資産運用の分野に革命をもたらす計り知れない可能性を秘めています。
例えば、24時間利用可能で、顧客からの問い合わせに迅速な回答を提供できるAI主導のチャットボットなどが挙げられます。IBMのワトソン・アシスタントは、銀行、保険、小売業など数多くの顧客サービスの場面で導入に成功しているチャットボットです。ユーザーのニーズを理解することで、アシスタントは正確な回答を提供し、商品を推奨し、エージェントの介入なしに取引を促進することができます。この機能的性能は、いつでもどこでもアクセス可能で、最適な顧客体験を保証します。
ジュニパーのレポートでは、経済的な節約が見込まれるとも述べています。
この調査では、ボットを使用する医療機関や銀行プロバイダーは、顧客のクエリごとに平均 4 分の時間を節約でき、インタラクションごとに約 0.50 ~ 0.70 ドルの節約につながると予測しています。
AIの変革力は、資産管理の力学をも再定義しつつあります。高度なアルゴリズムを使用するこれらのAI主導型ツールは、顧客の財務状況とリスク許容度を評価し、カスタマイズされた投資戦略を策定します。
その一例が、ロボ・アドバイザーの分野で高い評価を得ているプラットフォーム、ベターメメントです。同社の先駆的なアルゴリズムを搭載したソフトウェアは、人的ミスを最小限に抑え、効率を最大化し、オーダーメイドのアドバイスを提供することで、従来の投資モデルに革命をもたらし、資産運用の魅力的な選択肢となっています。
その成功例に倣った、バンガードのロボ・アドバイザー・プラットフォームは、ローンチ後数年で約1,000億ドルの資産運用を迅速に開始することに成功しました。
顧客サービスや資産管理におけるデリバリー強化やコスト削減におけるこうしたAI主導型サービスの有効性に注目することで、企業は次の一手を戦略化できます。
リスクマネジメント
また、AIは特定のアルゴリズムを用いて、市場の動向や消費者の行動を予測し、リスク管理にも大きな役割を果たしています。
Riskfuelのような企業では、AIを使ってリスクモデルの計算時間を大幅に短縮しています。
さらに、不正取引や不正行為への対応もAIのおかげで劇的に変わってきました。PwCの報告によれば、AIは銀行が異常な取引パターンを特定し、取引監視システムを強化し、誤検知を減らす手助けをしています。
例えば、米国のFeedzaiは、機械学習システムを利用した不正検知システムを提案しています。
膨大な量のデータを分析し、また変化する詐欺パターンに適応することでより効果的になり、新たな詐欺パターンを予測できるようになります。
ただし、その有効性は、トレーニングに使用されるデータの品質に大きく依存します。トレーニング データの品質が低い場合、高率の偽陽性または偽陰性が発生する可能性があります。また、メンテナンスと解釈には熟練したデータサイエンティストも必要です。
これらの具体的な例は、MasterCardのDecision Intelligenceソリューションに見ることができます。このソリューションは機械学習を採用しており、加盟店がリアルタイムの承認の精度を高め、誤った辞退を減らし、カード会員の全体的なエクスペリエンスを向上させるのに役立っています。これらの事例は、不正検知におけるAI技術の有効性と効率性を実証しています。
金融分野でのAI導入は、急速かつ継続的に増加しており、この動きは、組織の生存とAIの多様な利点や効率性のためのイノベーションの必要性によって推進されています。
アメリカでは正確性の検証も
アメリカでは情報漏洩防止の観点からChatGPTの利用を禁止している金融機関が多いものの、対策を講じてChatGPTなどを導入する動きも見られており、例えばJPモルガン・チェースはChatGPTを利用した従業員強化の新しい方法を想像している、と株主向けレターの中で伝えています。
また、ゴールドマン・サックスは社内エンジニアの生産性効向上のために生成AIで自動的にコードを作成する検証を進めていることをメディアのインタビューで明かしています。
そして先進事例としてChatGPTに自社のデータを組み込んだシステムの運用をすでに始めているのがモルガン・スタンレーです。
モルガン・スタンレーは投資、ビジネス一般、投資プロセスに関する文書の中から重要知識を含む慎重に精選された10万点の資料を用いて、GPT-4に調整を加えたモデルを利用しています。
社内のファイナンシャルアドバイザーに、顧客への助言の中で遭遇する重要事項に関する知識を正確かつ簡単ににアクセスできるようにする目的です。システムはモルガン・スタンレーの従業員のみがアクセスできるプライベートクラウド上で稼働しています。
また、正確性の検証方法も確立しています。
システムはユーザーへの公開前に人間の評価者によって入念に検証され、300人のファイナンシャルアドバイザーを対象に試験運用が行われました。
さらに今後システムに変更が加えられても正確性に変化がないかを検証する手段として、正解がわかっている400の「黄金の質問」を用意しており、システム変更が発生した時に、この質問を使って精度の低い回答がないかどうかを検証できるよう備えています。
デロイトのレポートでは、アルゴリズムの結果は、モデルの正確性をチェックするために、AI 以外のシステ ムの結果と比較する必要があり、さらに、異なるデータソースでアルゴリズムをテストすべきとしています。
これを行う一つの方法は、利用可能なデータセット(例えば過去の保険価格データ)を分割し、例えば80%のデータのみでアルゴリズムを訓練し、その後、残りの20%のデータを使って結果をテストし、結果の正確性と公平性を確認することです。
導入状況が将来に大きく影響する可能性も
専門的な情報を誰にでもわかりやすく共有する必要性が特に高い金融業界においては、生成AIに対する対応の状況が将来的に他社との大きな差を生む可能性があります。
現時点での温度差がどのように変化していくか注目されます。