建設業界とひとくちに言っても、それぞれを構成する要素をみていくと広大な分野です。
ただ単に「優れた建物を作る」だけでなくテクノロジー、デザイン、アート、環境など多くの専門領域を集約させなければなりません。幅広い分野にわたる専門家が蓄積していく膨大なデータの上に成り立っている業界のひとつです。
また、建設業界ではデジタル技術の進歩によってCADに代わる新しい手法「BIM」が注目されています。生成AIは建設に関わるデータをフル活用する「BIM」とも好相性で、将来的には欠かせない存在になっていきそうです。
建設におけるAIの応用の現状と可能性
現在、AIは建築システムの故障検出と診断、予知保全、エネルギー消費モデリング、面倒な作業の自動化に利用されています。
AIの最も有望な応用例の1つは、生成設計です。ここでは、AIがシステム要件と制約のセットから多数の設計バリエーションを開発するため、時間のかかる反復作業が不要になり、建築家は創造的な側面にもっと集中できるようになるのです。
AIは、建設の業務効率を最適化し、建設中の無駄を最小限に抑えることで、持続可能性に不可欠な役割を果たす可能性があります。
また、手頃な価格の住宅、気候変動、都市計画といった世界的な課題に対処するソリューションベースの設計アプローチにも貢献できることでしょう。
AIと世界の建設業界
他のセクターに比べれば遅いものの、建設業界はその紛れもない利点からAIを取り入れ始めています。MarketsandMarkets™のレポートによると、建設分野におけるAI市場は2018年の4億720万米ドルから2023年には18億3,100万米ドルに成長し、予測期間中の年平均成長率は35.1%と予測されています。
建設業界におけるAIの受益者
建築家、エンジニア、請負業者、下請け業者、施主を含むすべての利害関係者が、建設におけるAIの導入から利益を得ることができます。予測分析によってAIはプロジェクト計画を支援し、潜在的なエラーやリスクを検出し、建設の安全性とセキュリティを向上させることができるのです。
AIが建設実務に与えるインパクト
では、AIはどのようにして建設業界の実務を変えていくのでしょうか。
プロジェクト計画と設計の改善
まずAIのアルゴリズムは、最適な設計面を予測し、エラーを減らし、持続可能な実践を統合し、さらには提案されたプロジェクトが様々なシナリオの下でどのように実行されるかをシミュレートしてくれる存在です。
これによって、プロジェクト計画と設計段階を劇的に改善することができます。
また、建設現場に関する大量のデータ分析により、「施工履歴データによる建設現場の見える化・効率化」や「事故や異常発生時に、同種・類似のリスクを有する施設の特定」も可能になっていきます。
メンテナンスの強化
スマートセンサー、自動監視システム、予知保全などにAIを活用することで、建設された建物のセキュリティと寿命を強化することができるようになります。AIが持つデータに基づく洞察力を活用することで、部品の修理が必要になる時期を予測することができ、それによってコストを節約し、致命的な故障を防ぐこともできるのです。
生産性の向上と人手不足の解消
マッキンゼー・アンド・カンパニーは2017 年に、AI を活用した分析によって建設会社の生産性が最大50%向上する可能性があると報告しています。
AIを利用したグリーン化への挑戦
また、アメリカではこのようなAI活用事例もあります。
スタンフォード大学のAIラボは、ディープラーニングを活用して衛星画像からソーラーパネルを特定するツール、DeepSolarを開発しました。このリアルタイム分析により、都市計画者は太陽光発電の導入パターンを特定し、太陽光エネルギー利用を最適化する戦略を立てることができるというものです。
都市計画へのAIの活用
また、広義の「建設」には都市の管理も含まれます。
スマートシティにおけるAIの役割は急速に拡大し、多様化しています。AIは、都市がリアルタイムでデータを収集、分析、対処する能力を高め、都市地域に住む人々にとって最適化されたインフラや行政による対応を可能にします。
世界ではすでに多くの取り組みが始まっています。
例えばシンガポールのVirtual Singaporeでは交通手段、交通状況、天候、公衆衛生データ(その地区でデング熱をもつ蚊が発見されたかどうかなど)がわかります。さらに、ガス漏れなどの緊急事態が発生する可能性がある場所には、目立つ赤色の丸印が表示されます。建築設計者が建設予定の建物による日影の影響を調べたり、市当局が緊急避難計画をシミュレーションしたりできるようになっています。
Virtual Singaporeは、公共インフラを故障する前に良好な状態に保つ予知保全のような様々な行政機能、そして政策や都市計画に関するより良い意思決定プロセスにも役立っています。
また、シカゴのWindyGridは、市の部門から毎日700万件の異なるデータを収集しています。警察、運輸、消防など、シカゴの最も重要な 15 の部門から毎日収集される何百万もの情報を利用し、都市管理に活用しています。
予期せぬ相関関係を正確に特定し、より大きな問題に発展する前に潜在的な問題を特定し、マラソンから大規模な吹雪まであらゆるものに対する部門間の対応を調整するのに役立っているほか、道路工事の最新情報、ゴミ収集の遅れ、健康上の緊急事態、騒音に関する苦情、市の活動の細部に関する公開ツイート、路線上のバスの位置、信号機のパターンまで網羅しています。
また、スマートグリッドは、AIとスマートシティの結びつきにおけるもう一つの有望な領域であり、AIをスマートグリッドに統合することで、エネルギー消費をより効率的に管理することができます。例えば2050年までに化石燃料からの脱却を目指す戦略を掲げている(p3-19)デンマークでも首都ヘルシンキでこうしたスマートシティ構想が進んでいます。
また、災害リスクの管理にもAIは力を発揮しています。全体的に海抜高度が低いという特徴を持つオランダでは、AI解析でアムステルダム市の浸水リスクを評価しています(p3-51)。
その国や地域特有の問題解決には膨大なデータの分析が必要になりますが、AIの力によって分析を自動化し、迅速な対応で市民の安全や安心を守ることも可能になるのです。
国内ゼネコンでのAI導入事例
さて、国内のゼネコンでも、AIの積極導入が始まっています。
早期からAIの導入を進めていたのが竹中工務店です。
竹中工務店は20年以上蓄積してきた構造設計結果のデータをAiに学習させた「構造設計AIシステム」を開発しました。
「AI建物リサーチ」「AI断面推定」「AI部材設計」で構成されるシステムで、これらを組み合わせることで全体にかかる時間を大幅に短縮[1]するものです。
まずAI建物リサーチにより、過去の類似案件を選び出し部材量をはじめとした数量の比較表を自動作成します。これにより、1日がかりの作業が15分程度にまで短縮されました。
またAI断面推定では柱や梁の配置条件や構造的特徴から内部の断面を推定し作図します。この作業も、AIの導入によって1日かかる作業を2時間ほどで完了、次いでAI部材設計はより合理的で生産性の高い部材の種類や量を提案していきます。ここでも、6日かかった作業が1日で終わるという時間短縮に繋がっています。
また竹中工務店は過去の災害情報や人流のデータを基に、地震や洪水といった自然災害の被害を地域ごとに予測するシステムを持つDATAFLUCT社へ出資[2]し、建物ごとに災害時の被害予測や避難軽度の策定ができる機能を開発します。
また、清水建設も設計初期段階での構造検討業務をAIで支援することを発表しました。建物の形状・規模などのプランに応じた構造架構や部材断面の検討・設定にAIを導入するもので、60m以下の比較的整形な鉄骨造のオフィスビルに適用可能です。
検討中のオフィスビルの形状・寸法が入力されると、瞬時に形状に概ね合致する構造架構をデータベースから複数抽出するとともに、躯体数量も併せて表示するというシステムです。
文章からのデザイン生成も
また、ChatGPTのように文章からデザインなどを生成する技術も取り入れられるようになってきました。
先行事例としては、大林組の「AiCorb®️」があります。シリコンバレーのSRI社と共同開発したもので、設計者が書いたスケッチなどからさまざまな外観デザインを生成するAIです。スケッチから生成したデザインをもとに、3Dモデルを立ち上げることも可能です。
提案初期段階の「たたき台」作りを加速するもので、一般的な四角の建物であれば1秒で40枚という速度[3]でテイストを変えたさまざまな設計案が出力されます。
このように具体的なイメージを多数つけて提案することで、顧客との合意形成が早まるのです。
AiCorbは2022年3月に発表されたものですが、さらに機能が追加され、文章でデザインのイメージを指示し生成させることも可能になりました[4]。
例えばラフなスケッチと「湾曲したガラスカーテンウオールが特徴的な、都会的なオフィスビル」という指示のほか、周辺環境や時間帯などを入力すると、40秒ほどでそれらを反映したデザインが3枚提示されるという具合です。
「生成塗りつぶし」で景色とのマッチングも
また、AdobeはPhotoshopに「生成塗りつぶし」の機能を搭載しています。 実際の写真にはない部分を自動的に補う機能です。
上の図では、元の写真を横長にしたいと考えた時、実際の写真にはない部分をAIが生成してごく自然な形で補っています。
同様に、景色だけの写真に文章で条件などを指示することでオブジェクトを生成し追加あるいは置き換えをする機能もあります。
こうした景色や建物の生成により、竣工後のイメージをより具体的にすることができるようになっています。
ライセンスを獲得した数億枚の画像を学習させており、他のクリエイターやブランドの知的財産を侵害するコンテンツの生成は行わないとしています[5]。
人手不足と「BIM/CIM」の登場
生成AIの建設現場への導入が進む背景には、ひとつには建設業界の人手不足です。
建設業界の高齢化
建設業界では高齢化が進んでいます。55歳以上が全体の35.5%を占めており、29歳以下は12.0%という状況です。
10年、15年後にはその大半が引退する可能性を考えれば、労働力不足には何らかの手を今すぐ打たなければなりません。
BIM/CIMの登場
また、世界中で注目されている「BIM(Building Information Modeling、ビム)」「CIM(=Construction Information Modeling、シム)」という設計手法の登場も生成AIの導入を後押ししています。
現在、建設物の設計図はコンピューター上でCAD(Computer Aided Design)を用いて作成するのが主流ですが、課題が出てきています。例えば平面図・立体図・断面図、構造図、設備図と大量の図面を別々に作成しなければならないほか、壁や設備などの設計情報がのちに有効利用されているケースが少ないことなどです。
一方でBIMは3次元データとして建物をわかりやすく「見える化」し、建物に関係する人全てが共有できるというものです。これにより多くのメリットが生まれます。
まずは建物に関する情報の一元管理です。
従来のCADや3D-CADは、基本的には2次元の図面から3次元モデルを描くという流れになっています。また、壁や設備などの属性情報は図面とアナログで連携されているため、実に多くの資料が発生してしまいます。
一方でBIM/CIMは、最初から3次元モデルを作成し、そのなかに同時に部屋の属性や設備の配置なども盛り込むことが可能です。